特に日本のピンク・フロイドファンの間では人気の高い作品、それが今回のテーマ「Wish You Were Here(炎〜あなたがここにいてほしい)」です。前作「狂気」までにあった前衛・実験色が薄れ、抒情味が前面に押し出された比較的素直な”ロック”として完成しています。それが日本のファンには好意的に受け入れられたようですが、リリース時の評価はあまり芳しいものではなかったそうです。「狂気」の次作としてどれほど、今度はどんな驚くようなサウンドアプローチをしてくれるのか、と過剰な期待を抱いていたファン達には肩透かしを喰った形となってしまったからです。あまりにも成功し過ぎてしまった「狂気」がバンドにもたらした変化は、決して良いものばかりではなかったようです。「狂気」制作後、”やり尽してしまった”症候群的な虚無感の様な感情が芽生え、また軽佻浮薄なショービジネス界への嫌悪感、さらに聴衆は自分達の音楽の本質を本当に理解してくれているのかという懐疑心(特にロジャー)、勿論次作への期待に対するプレッシャー等々。様々な試行錯誤の後、難産の末に2年以上の歳月を経て本作は世に出ます。当初こそ好意的でない評価があったのは先述の通りですが、結果的には英米共に1位となり、「狂気」や79年の「The Wall(ザ・ウォール)」にこそ及ばないものの(この2枚が異常なのです)、全世界で2,200万枚というビッグセールスを記録します。
その音楽性は従来とは比べ物にならないほど親しみやすく、効果音などは使われてこそいるものの、全体に溶け込んでいてそれらが突出して耳目を引くようなことはありません。シンセサイザーの音色はよりコズミックサウンド(宇宙的音世界)を効果的に演出しており、これに関しては前作までの流れを踏襲しています。また音楽的にはブルースフィーリングに満ち溢れていて、ある意味では原点回帰とも言える側面もあるのでは?と私は思っています。
アルバムのオープニングとラストを飾る「Shine On You Crazy Diamond(狂ったダイアモンド)」は初期メンバー シド・バレットについて歌ったものとされていますが、後のロジャーのコメントにはそれを否定するものもあります。「Have A Cigar(葉巻はいかが)」は旧友ロイ・ハーパーがリードヴォーカルを務め、先述したショービジネス界への皮肉を込めた歌詞となっています。タイトル曲は明らかにシドについて歌った曲。精神を病み音楽界、ひいては通常の現実生活をも去って行ってしまったと言っても過言ではないシドに対しての、朴訥でありながら、それでいて慈しみに溢れた歌詞・歌唱であり、サウンドは非常にシンプルでアコースティックなもの。それが余計にシドへの思いを表している名曲です。ちなみに ”あなたがここにいてほしい” という邦題はバンドがわざわざ日本のレコード会社側へ指定してきたもの。ここからも彼らの思い入れがうかがい知れます。ですが、この作品で何より白眉なのは「狂ったダイアモンド」に他なりません。
オープニング曲「狂ったダイアモンド」パート1。冒頭部、無機的な宇宙空間を想起させるようなシンセの音色とフレーズ。そこに仄かな光と温かみを与える抒情的なギター、これだけで本作の世界へ引き込まれてしまいます。やがてアンサンブルパートへ。ギルモアのストラトキャスターによる乾いていて、それでありながらハリがあり、時に泣き叫ぶ様なブルージーなギタープレイ。個人的にはこのパートはギルモアのプレイのなかで一二を争うものと思っています。ヴォーカルは無骨でありながら、それでいてそこはかとなく優しい。シド、あるいは現実からドロップアウトしてしまった者達すべてに語り掛けているような歌です。終盤は前作から引き続き参加しているディック・パリーのサックスソロで一旦幕を閉じます。
エンディング曲「狂ったダイアモンド」パート2。パート1同様、スペイシーサウンドとでも呼ぶべきイントロ。リックによる短いシンセのソロ、その途中からギルモアのギターが絡んできます。本曲のクライマックスは何と言ってもこの後のギターソロで、スライドによるまさしく”泣き叫ぶ”プレイが聴き処。随所におけるギターのオーバーダビングも素晴らしい効果をもたらしています。曲は展開し、パート1同様のヴォーカルパートへ。その後二つのインストゥルメンタルパート、前者はややリズミックな楽曲であり、そして後者はエンディングを飾るに相応しい、例えるなら宇宙からの旅路を終え、まさしく今地球に帰還するようなサウンドです(我々オッサン世代ならイメージするのは、間違いなくイスカンダルから帰ってきた宇宙戦艦ヤマト…(´・ω・`))。
本作制作時にシドがレコーディング現場にふらっと現れたというエピソードがあります。すっかり容姿が様変わりした彼は、スタジオで奇行を繰り広げ、メンバー達は非常にショックを受けたそうです。この事が本作の出来に影響を与えたか否かはわかりませんが、この後、06年にシドが亡くなるまでメンバー達は彼と会うことはなかったと言われています。
77年「Animals(アニマルズ)」発表。”資本主義は豚だ!”の様な旨の強烈な社会風刺を効かせたコンセプトアルバム。ますますロジャーのイニシアティヴ(=独裁化)が強まり、他メンバーとの溝は深まっていきます(特にリックと)。それまでのコズミックサウンド志向から、現実世界の不条理、人間の内面におけるネガティブな部分について歌われており、その作風は次作「The Wall(ザ・ウォール)」へとつながることとなります。その辺りはまた次回にて。