『プログレッシブ・ロック』と呼ばれるロックミュージックのカテゴリーがありますが、一口に言ってもその音楽性は様々で、実際には一つには括れないものと私は考えております。直訳すると”進歩的・先進的なロック”という意味なのでしょうが、いざその定義は? と、問われると思わず考え込んでしまいます。ものの本によると”クラシック・ジャズ・前衛音楽などの手法を取り入れ、従来の価値観にとらわれないロック”の様な旨が書いてあります。概ねこの説明で間違ってはいないと私も思いますが、その定義によれば、クラシック色・オーケストラを取り入れた「ペットサウンズ」や「SGTペパーズ」も当てはまりますし(実際これらをプログレの元祖と呼ぶ人もいます)、ムーディー・ブルース、プロコル・ハルム、初期のディープ・パープルなどはもろにそうです。また、ジャズ的であるというならば、ソフト・マシーンはその先駆けですし、前衛音楽的ロックと言えばフランク・ザッパにとどめを刺すのではないでしょうか。このようにカテゴリーの定義はかなり曖昧かつ難しいのです。では、そのプログレッシブ・ロックにおいて最も有名な、すぐに名前が挙がるバンドと言えば、これに関しては殆ど衆目が一致するのではないでしょうか。それがピンク・フロイドです。
ロンドンで結成されたバンドは、67年にレコードデビュー。全英では初めからヒットを飛ばします。デビュー前結成当初はブルースのカヴァーなどを演っていたようですが、やがて時代の波もあったのでしょうが、サイケデリックロック色を強め、ライティング(照明効果)を巧みに使った”トリップ”する音楽が売りとなります。勿論それにはこの時代のお約束としてLSDなどのドラッグが、演奏者・オーディエンス共にその傍らにあったのは言うまでもありません。
(良い子のみんなはマネしちゃダメだぞ!☆(ゝω・)v)
オリジナルメンバーはシド・バレット(vo、g) ロジャー・ウォーターズ(vo、b)リチャード・ライト(key) ニック・メイスン(ds)の四人。1stアルバム「The Piper at the Gates of Dawn(夜明けの口笛吹き)」は全英6位を記録。殆どの曲をシドが書き、その後のバンドの音楽性とはカラーを異にする作品です。しかしシドはこの時点で既にドラッグの過剰摂取、また元々精神を病んでいた様で、このアルバムも無理くり仕上げた様な状況だったそうです。トリビア的なこぼれ話ですが、アビーロードスタジオにて本作をレコーディング中、隣のブースではビートルズとジョージ・マーティンが「SGTペパーズ」の仕上げ作業中だったとの事。2ndアルバム「A Saucerful Of Secrets(神秘)」の制作途中でシドは脱退。シド在籍中から既に加入していたデヴィッド・ギルモア(g)と共にバンドは新体制で再スタートします。つまり後に世間一般で認知される事となる”ピンク・フロイド”の誕生です。
「神秘」は前作の流れを踏襲しつつ、しかしながらその後のコズミックサウンド(宇宙的音世界)の片鱗がすでに見え始めています。特にタイトル曲にそれが顕著です。その後映画のサントラ、ライヴとスタジオ録音から成る二枚組アルバムを発表し、いずれも全英TOP10ヒットとなります。特に後者の二枚組アルバム「Ummagumma」のスタジオ盤は非常に実験的・アヴァンギャルドな作風で、これがTOP10ヒットとなるイギリスは、時代の波もあったのでしょうが、つくづく凄いお国柄だと思います。ちなみに私は数回ターンテーブルに乗せただけで断念しました・・・。
ミュージック・コンクレートという音楽の一分野があります。基本的に楽器を用いず、具体音(=グラスの割れる音や、人の足音、はたまた風が吹く音など、自然物・人工物問わず現実世界に存在する(楽器以外の)音を組み合わせて音楽を創り上げようとしたものです。私はこの手の音楽をちゃんと聴いたことがありませんので、どうこう言える知識はありません。ただ60年代から、ポップミュージックにおいても、この手法を取り入れようとする動きが現れました。結論から言うと、これらを音楽に昇華できたのはポップミュージック界ではピンク・フロイドだけだと私は思っています。ジョン・レノンも「ホワイト・アルバム」の「Revolution 9」という楽曲でチャレンジしていますが、私見ですが観念的なものだけが先走り、音楽の体を成していないというのが感想です。ピンク・フロイドにしても丸々一曲ミュージック・コンクレートで楽曲を仕上げたというのは先述した「Ummagumma」のスタジオ盤やその他少々で、基本的には”ちゃんとした音楽” つまり器楽・声楽演奏と、SE(サウンドエフェクト)や電子音を含んだミュージック・コンクレートとのバランスを保った楽曲構成として成立させています。なぜ彼らはそれを音楽として成立せしめることが出来たのか? 一言で言えば、”起承転結がしっかりしている”、という事に尽きるでしょう。「神秘」のタイトル曲にてそれは既に表れていました。
これらが全て音楽的に素晴らしいものとして最初に結晶化されたのが、今回のテーマである「Atom Heart Mother(原子心母)」でしょう。あまりにも印象的なそのジャケットデザインと共にロック史に刻み込まれています。23分強に及ぶタイトル曲は、元はギルモアが西部劇をイメージして作ったメロディに、様々なアレンジの変遷を経て(=収拾がつかなくなり)、前衛音楽家 ロン・ギーシンに協力を仰ぎ、膨大な音的素材群から、気の遠くなるような編集作業の末に完成したものです。
本曲を傑作たらしめているのは、全体を通しての編集・構築感覚の見事さでしょう。音楽であると同時に、優れた絵画・建築物を鑑賞しているような感覚に陥ります。通常のポップミュージックとは制作へのベクトルが異なる、むしろ美術におけるコラージュ、創造的建築物の構築に近い感覚だったのではないでしょうか(実際ロジャー、リック、ニックはアートスクールの建築学科出身)。ミュージック・コンクレートをきちんとした音楽に昇華出来たのも、その様な能力に秀でていたことが理由としてあるのではないかと思われます。
本作は初の全英1位を記録、アメリカや日本でもヒットしました。一躍ロックのスターダムへとのし上がった彼らは更に飛躍を続けます。その辺りはまた次回以降にて。