#26 The Dark Side of the Moon

「Atom Heart Mother(原子心母)」の成功後、バンドは初めて自分達のみでアルバム制作に取り掛かります。ピンク・フロイドにとってその後の重要なナンバーとなる「Echoes」を含む「Meddle(おせっかい)」を71年11月にリリース。「Echoes」はB面全てを費やした一大組曲。2ndアルバム「神秘」タイトル曲にて萌芽していた、宇宙的音世界の発展・完成形とも言える傑作。「原子心母」同様にサウンドコラージュ、20以上に渡る楽曲素材の構築力が見事であり、23分30秒という長さを全く感じさせません。これはあくまで私個人の主観なのですが、「原子心母」まであった”怖さ”の様なものがだいぶ和らぎ、抒情味・ロマンティシズムが全編に流れているように感じます。勿論大衆に迎合したなどということは全くなく(そうであったらもっとコマーシャルな作品を作るでしょう)、この時期メンバー達に何某かの変化が生じたのではないかと勝手に推測しています。
A面の楽曲群も秀作ぞろいで、特にオープニング曲「One Of These Days(吹けよ風、呼べよ)」は私以上のオッサン世代なら御馴染、アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場曲。延々と繰り返されるベースの上で、やはりサウンドコラージュを駆使したフロイド流音楽世界が展開されます。このベースラインは、ワンフレーズだけ弾いて録音したテープをループ状にして再生したものとか。80年代以降なら、サンプリングマシーンやシーケンサーで難なく出来ることですが、当時は涙ぐましいほどの労力、またそのアイデアに至るまでの試行錯誤がなされたのです。しかしだからこそ、技術が発達した時代においては得られない素晴らしい効果をもたらしたのも事実です。テクノロジーが乏しい方が良いなどとはゆめゆめ思いませんが、やはりそれだけではないという事も思い知らされます。また71年8月には来日を果たし、野外フェスティバル『箱根アフロディーテ』に出演。夕暮れ時に霧が立ち込める状況で、これ以上ない、と言う程絶妙なシチュエーションでのライヴは、勿論その演奏の素晴らしさも相まって伝説となっています。

 

 

 


「おせっかい」リリース時にはすでに曲作りは始まっていたと言われています。それらは断片的にはコンサートで演奏され、ブートレグでは聴くことが出来るそうですが、よほどのマニア以外にはそれだけを聴いてもあまり意味のないものでしょう。しかし発売前半年余りにかけて行われたレコーディング、その後の編集作業によって、その一つ一つのピースはとんでもない怪物のようなアルバムへと変容を遂げます。
主語を入れるのを忘れていました、それはあまりにも有名な、ロック史においてエポックメイキングとなるアルバム、言わずと知れた今回のテーマ「The Dark Side Of The Moon(狂気)」です。一度見たら決して忘れられない様なヒプノシスによるジャケットデザインとともに、本作は多くのロックファンに強烈な印象として焼き付いているのではないでしょうか。
”コンセプトアルバム”とは何ぞや? と問えば、ロックファンによって百人百様でしょうが、もし私が人に説明するとしたら、”ピンク・フロイドの「狂気」の様なアルバム”と言います。ビートルズが「SGTペパーズ」で成し遂げられなかった事を(#3の記事ご参照)、その後、彼らが具現化出来たのだと私は思っています。

売上通算5,000万枚、全米TOP200に741週チャートインなど、本作を語る時に枕詞の様に出てくる説明はどうぞ各々でググってください。この作品がどうしてここまで怪物的に支持を得たのか?あまり長いと飽きられるので私見を出来るだけ簡潔に。私は青春時代に鼻血が出るほどフロイドを聴きまくったのであえて言いますが、彼らはポール・マッカートニーやエルトン・ジョンの様な希代のメロディーメイカーではないですし、レッド・ツェッペリンの様なソリッドかつヘヴィーなロックチューンをプレイするでもなし、また同じプログレッシヴロックと言われるイエスやキング・クリムゾンの様な高度な演奏技術も持ち合わせてはいません。じゃあ何故に?
先ずブルースをベースにした根源的な感情に訴えかける音楽性があります。彼らのルーツがブルースにあるのは前回の記事にて述べましたが、それはギルモアのギタープレイにもっとも顕著に表れています。この様な言い方は身も蓋もないかもしれませんが、イエスやクリムゾンなどよりは分かり易い音楽です。またお世辞にもポップでコマーシャルな音楽ではありません、どころか、重く、陰鬱な音楽です。これが70年代にはまった、としか言いようがありません。60年代の”ウッドストック幻想”のようなものが破れて、心に隙間が空いたようなロックエイジ達にドンピシャにヒットしたのではないでしょうか。更にSFブームや、(これは日本だけかもしれませんが)オカルトブームなど、宇宙的・神秘的なものに対する興味の高まりもあったと思います。そして、私は英語が得意ではないのであまりわかりませんが、彼らの歌詞(主にロジャー)は、平易な英語で、それでいてイメージが喚起される様な、分かり易く、しかし奥深いものだそうです。英語圏ではない人間が英米のポピュラーミュージックを聴くとき、見落としがちですが、商業的成功の為にはこれは非常に重要なファクターでしょう。各国のポップスシーンに置き換えてみれば同様の事が言えるのでは(日本は?…)。音質的にも従来のロックアルバムよりも群を抜いて素晴らしく、エコー処理やSEなどは後のレコード制作に多大な影響を与えました。これにはエンジニアであるアラン・パーソンズとクリス・トーマスの功績が挙げられるところです。

モンスター級のビッグセールス・成功を収めたバンドはその後どのような変遷をたどったのか。順風満帆にスターダムを駆け上がっていったのか、はたまた否か。その辺りはまた次回にて。

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