プロコル・ハルムというバンドの名を知らなくても、この曲に関しては「あっ!聴いたことある!」
という方がかなりおられるでしょう。それ程までにあまりにも有名な、今回のテーマである
「A Whiter Shade of Pale(青い影)」です。
その前進となるバンドは英国エセックス州にて59年に結成されましたので、かなり古くから
活動していたバンドです。業界では一目置かれていたそうですが、ヒットに恵まれず
67年にメンバーチェンジと共にバンド名をプロコル・ハルムとします。
中心メンバーであるゲイリー・ブルッカーのピアノと、改名時に加入したマシュー・フィッシャーの
オルガンをフィーチャーした音作りが初期の特徴であり、ブルース、R&B、そしてクラシックの
エッセンスを取り入れた音楽性が当時としてはかなり斬新でした。
「青い影」はバッハの「G線上のアリア」をモチーフに作られたと言われています(所説ありますが)。
私は不勉強でクラシックに全く疎いのですが、この曲を聴くとクラシック音楽というものが如何に
根本的に美しい、完成されたものであるのかと改めて関心させられます。例えが相応しいかどうか
分かりませんが、姿形・造形が元から美しいものには敵わない、そうでないものがどんなに
着飾ったり、化粧を施したりしても美しさにおいて及ばない、根源的な美にはどう足掻いても
勝てないような無力感の様なものを感じるのです。無論この場合は根源的な美を有するのがクラシック、
そうでないのがポピュラーミュージックということになりますが・・・
しかし下町には下町なりの良さが、山の手にはないものがあるのも事実です。庶民大衆の音楽には
粗野ではあるが上流階級のそれにはないパワー・グルーヴがあるのです(別に庶民がクラシック聴いちゃ
悪いわけでもないし、上流階級の方々でもロックを好む人も勿論いるでしょうが・・・)
日本のミュージシャンにも大変強い影響を与えました。その筆頭は何と言ってもユーミンでしょう。
本曲を聴いて大変感銘を受け音楽の道を志した、という話は結構有名なところです。
1stアルバム「ひこうき雲」(73年)からその影響は顕著ですが、極め付けは「翳りゆく部屋」(76年)。
そのモチーフは2nd収録の「Magdalene」とも、3rdの「Pilgrim’s Progress」とも、
意見が分かれるところですが、日本のロック・ポップスにおいて、これほどまでに絶望的かつ、
荘厳な美しさに溢れた楽曲を私は他に知りません。
また山下達郎さんも、本曲をマーヴィン・ゲイの「what’s going on」等と並んで、
「僕が人生において最も感銘を受けた曲の一つ」と公言しています。
本曲や2ndシングル「Homburg」の印象が強すぎて、クラシック的で荘厳な美しいポップスを
演奏するバンド。というイメージが一般には定着してしまったきらいがあります(実は私も
昔はそうでした…)。ところが、非常にブルース色の強い一面も持っており、現在発売されている
1stアルバムのボーナストラックとして収録されているライヴ音源にそれが顕著です。
演奏技術的にもかなり高いレベルを有しており、ゲイリーやマシューがブルースフィーリングに
溢れたテクニカルな即興演奏を聴かせ、「青い影」とは違う一面が垣間見えます。
ギターのロビン・トロワーは当時、ジミ・ヘンドリックスのエピゴーネン達において最右翼と
されていたギタリストでした。私個人的にはジミヘンというより、フレディ・キングや
バディ・ガイといった、黒人エレクトリックブルースの中でも特にアグレッシヴなプレイを
する人達を目指したプレイヤー、という感想を抱きますが、それはつまりジミヘンやクラプトン、
後のS・レイヴォーンなどと同系譜、という事になるのでしょう。
またドラムのB.J.ウィルソンは、ジミー・ペイジがレッド・ツェッペリンへ加入させようと
目論んだことがある程のプレイヤーであり、非常に高いテクニックを有するドラマーでした。
彼らも成功したバンドとして御多分にもれず、度重なるメンバーチェンジ、解散そして再結成という
お決まりのコースを辿ってきましたが、ゲイリーを中心として今でもその活動を続けています。
12年にはユーミンと日本にてジョイントライヴを行い話題となりました。
「青い影」があまりにも有名なために、バンドとしてその実像が誤解されてしまっているのは
先に述べた通りですが、やはり先述の非常に卓越したブルースバンドとしての側面、また
後のプログレシーンにも影響を与えた、プログレッシヴロックの元祖と評価する向きもあり、
多様な音楽性を有していることを今一度再確認するべきではないでしょうか。
などと言いながら、「青い影」がポピュラーミュージック史に燦然と輝く名曲であることは
揺るがない事実であり、この曲をきっかけとして、彼らの素晴らしい音楽に少しでも多くの人が
触れてくれることを望んで止みません。