クラシック音楽については全く無知な私ですが、ラヴェル作「ボレロ」には何故か興味を魅かれます。一定のリズムと、これまた決まったメロディの繰り返し、これらを徐々に楽器の構成を変えながら、リズムも同じものながら段々と勢いを増し、やがてエンディングへ。ほとんど展開しないこの様な楽曲はクラシック音楽では珍しいものだそうです。
今回のテーマ、プリンスが84年にリリースしたアルバム「Purple Rain(パープル・レイン)」に収録されている「When Doves Cry(ビートに抱かれて)」、私はこれをポップミュージックにおける「ボレロ」であり、またその類の楽曲で最も成功したものだと思っています。
今更説明不要な程、プリンスの代表作にして最も商業的に成功した作品。意外と忘れ去られているかもしれませんが、同名映画のサウンドトラックであります。そう、映画だったんですよ。
リアルタイムで体験した私の記憶では、所謂『評論家筋』からは、”プリンスも売れ線に走った”とか”内容的には前作「1999」の方が優れている”といった辛口の批評が結構あったような気がします。売れたものに対してはケチを付けるもんだという強迫観念があるのかどうか預かり知りませんが、30数年経った今聴いても、全く売れ線などとは思いません。むしろこの内容でよくぞ当時で1500万枚というセールスを上げたものだと感心するほどです。具体的にはコマーシャルな楽曲と、一般ウケしそうにないものが玉石混交(この例えもあまり適切ではないかな、どちらが玉とか石とかでもありません)になっています。
唯一難点を挙げるとすればエンディングのタイトル曲が”プリンスとしてはやや凡庸”であるかな、という気もします(※あくまで個人の感想です←これ書いときゃ何でも許されるんでしょ)。
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コマーシャルな方の楽曲、売れ線と評していた輩はこれらの楽曲を良く思ってなかったのでしょうか。「Let’s Go Crazy」「I Would Die 4 U」「Baby I’m A Star」及びタイトル曲がそれに当たるかと思われます。いずれも素晴らしい楽曲であり、タイトル曲に関しても先ほど少しケチを付けた様な形になりましたが、曲のエンディングではやはりプリンスらしい、一筋縄では終わらない”良い意味でのクドイ締め方”となっています。では一般ウケしなさそうな方について。
A-②「Take Me With U」は本作では中庸な部類の楽曲でしょう(ただし大変重要なナンバーです、後述します)。A-③「The Beautiful Ones」はテクノポップ臭を漂わせながらのスローナンバー。メロディックなバラードとは一線を画するもので、特に後半の気が触れたかの様なヴォーカルは圧巻(これが苦手、という人もいるでしょうが…)。A-④「Computer Blue」。冒頭にて、バンドメンバーであるウェンディとリサによる大変妖しく、また悩ましい様なレズビアンかつSMチックな会話から始まります。楽曲自体は3rdアルバム以降のテクノ的R&Rと呼べるもの。ところがどっこい、二部構成になっており、途中からサンタナ張りのギターソロをフューチャーしたパートへと変わります(当初は三部構成だったらしいです)。そしてA-⑤「Darling Nikki」はプリンスの真骨頂である、粘っこいエロティシズムに満ちた楽曲。歌詞も大変に性的なものを連想させる(というかそのものズバリ)という事で物議を醸しました。すくなくともA-③~⑤はお世辞にも売れ線とは言えません。そして極め付けが今回のテーマ、B-①に収録され第一弾シングルとなった「When Doves Cry(ビートに抱かれて)」。
普通の楽曲にあるようなAメロ→Bメロ→サビといった展開ではなく、基本的にAメロだけというものなのですが、この一定のパートを手を変え品を変え、エンディングの大円団へと終結させる、当時としてはとんでもなくアヴァンギャルドな楽曲です。この曲の様に、展開せずに一定のリズム・フレーズを繰り返すものはある種の高揚感をもたらします。決してこの曲がポピュラーミュージックにおいて初という訳ではありません。以前の記事のキング・クリムゾン回である#16~#17にて述べましたが、「太陽と戦慄」「レッド」及び再結成後の「ディシプリン」の中で既にそれは行われていました。またトーキング・ヘッズ80年リリースの「リメイン・イン・ライト」では『リズム』(アフリカンやファンクといった)が大変重要なファクターとなり、80年代のポップスシーンを変えてしまうほどのエポックメイキングな作品となりました。ちなみに「ディシプリン」「リメイン・イン・ライト」共にエイドリアン・ブリューが関わっているのは偶然でも何でもありませんが、これについてはまたの機会に。
よくこんな曲を(こんな曲って…)1stシングルに持ってきたものだと後から思いました。売るためなら「Let’s Go Crazy」や「Baby I’m A Star」の様な快活なノリの良いジャンプナンバーを初めに持ってきて良さそうなものです。ジミ・ヘンドリックス張りのギターイントロに始まり、続いて呪術師の唸りの様な奇怪な声。基本的伴奏はドラムマシンによるビートとシンセのリフのみ、その上でプリンス一人によるメインのヴォーカル、及びオーヴァーダビングでのコーラスやオブリガード的フレーズ。また他の伴奏(と言ってもシンセとギター位)も徐々に加わりテンション感が上がっていきます。ただしオフィシャルPVだと後半がカットされている為是非ともアルバム版をお勧めします。
この曲に関しては、同じく彼の全米No.1シングル「Kiss」(86年)と共にベースが入っていないという点がよく語られます。ベースが無いということは、低音部が抜け音のトーンバランスが悪くなるという事です。基本的に人が心地よく感じるのは低~中~高音まで全てバランスよく鳴っている音です。またベースは楽曲において、基本的にはルートや5度の音などを鳴らして音楽的にも安定させる役割を持ちます。(勿論そんなベタな演奏だけじゃない、というお声もあるでしょう、あくまで基本…)英語版のウィキにありましたが、当初は普通にベースが入っていたそうです。しかしバックヴォーカルのジル・ジョーンズとの会話がきっかけとなり、このまま(ベースが普通に入ったテイク)では型にはまりすぎている(conventional)、としてベースレスのテイクを採用したそうです。この事による不安定感、言い換えれば浮遊感とも呼べるものと、先述した繰り返しから生まれる高揚感により、この楽曲は唯一無二のものとなったのです。初めに聴いた時は「何だこの曲は…」と大抵の人は思うでしょう。小林克也さんですらそう思ったそうです。しかし何度か聴いているうちにこの曲が持つ魔力の様なものに憑りつかれていくのです。
本曲は84年のシングル年間チャートで1位を獲得。先に述べましたが、この様な”ループミュージック”とでも呼ぶべきものはポップミュージックにおいては決してこれが初めてではありませんでしたが、商業的に大成功したものとしては初と言えるでしょう。
ロック・ポップスを聴き始めてから1年ちょっとのリアルタイム時には当然判りませんでしたが、本作にはサイケデリックな雰囲気が漂っています。「Take Me With U」「Darling Nikki」において特に顕著です。私の記憶では当時において、この点について指摘した評論家・ライター(勿論日本の)は皆無です。当然現在のネット時代ではありませんし、中学生としてはその手のラジオや雑誌によく目・耳を通していた方だとは思いますが、それでも彼らの全ての発言や文章を把握出来た訳では当然ありません。でも皆無だったと言える根拠があります。それについては次回述べます。ただウィキにはその要素に当時から触れていた評論家もいたとの記述がありますが根拠は分かりません。誰のどこにおける発言・記述か、といったものを一応探してみましたが出てきませんでした。あったとしても海外においてだったと思われます。
今回も長くなってしまいました。後年においても本作について語られる時、プリンスのキャリアにおいて最も成功した、そしてポップ志向の強い作品という評価がなされてしまうようですが、決してそれだけではないという事だけは言いたかったのであります。次もプリンス回です(多分…最後…だと思う……)。