前回までのプリンス回にて、84年の年間シングルチャート1位はプリンスの「When Doves Cry(ビートに抱かれて)」と述べました。私の様な洋楽好きのオッサン世代には改めて語る必要はないかもしれませんが、全米でもヒットチャートと呼ばれるものは一つだけではなく、主だったものは三つ、ビルボード・ラジオ&レコード・キャッシュボックスでした。順位の算出基準に違いがある為当然順位は異なります。「ビートに抱かれて」が1位だったのはビルボードであり、ちなみにラジオ&レコードではヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」でした。ベストヒットUSAにて採用していたチャートはラジオ&レコード。これはFMのリクエスト回数を元にしている為、レコードセールスその他を総合的に算出基準としていたビルボードとはかなり異なるチャートアクションになっていました。ついでに言うとキャッシュボックスは西海岸寄りのチャート付けだったそうです。アルバムチャートの方を見てみると、ビルボードでは言うまでもなく83・84年共にマイケル・ジャクソンの「スリラー」(82年12月発売だった為)でしたが、ラジオ&レコードにおける84年年間アルバムチャートの1位は意外とも言える作品でした。それが今回のテーマ、ボストン出身のバンド、カーズの5thアルバムである「Heatbeat City」。
リック・オケイセック(vo、g)を中心とし、78年に1stアルバム「The Cars(錯乱のドライブ/カーズ登場)」にてデビュー。600万枚の大ヒットとなり注目を浴びます。続く2ndアルバム「Candy-O(キャンディ・オーに捧ぐ)」もヒットし、初めから順調なスタートを切りました。その音楽性はアメリカンR&Rにクールなニューウェイヴ・テクノ色を混ぜたもの、とでも表現すれば良いでしょうか。シンプルなR&Rに、エリオット・イーストンの比較的ハードなギターが乗り、そこにテクノポップが加味された独特なサウンドでした。
FMのリクエスト回数は人気の先行指数、レコードセールスは遅行指数とでも呼べるでしょうか。またマイケルの「スリラー」を引き合いに出すのも何ですが、レコードは引き続いて売れていた84年において、ラジオ&レコードの方では既にチャートの上位から姿を消し、代わって伸びてきたのは前回まで取り上げていたプリンスの「パープル・レイン」やカーズの本作でした。
MTVが台頭し始めたこの時期に、実に魅力的なビデオクリップを制作したのもヒットの大きな要因でしょう。同年から創設されたMTVビデオミュージックアワードの第1回にて、マイケルやシンディ・ローパーなどの他ノミネートを抑え、上記のシングル曲「You Might Think」のプロモーションビデオは見事に最優秀ビデオ賞を受賞しました。
本作からの第3弾シングルであり、彼らにとって最大のシングルヒットとなった「Drive」。本作の、というよりも彼らの全作品中におけるベストトラックと私は思っています。浮遊感のあるカーズ独特のスローナンバー。”彼ららしく”ただの甘ったるいラブソングとはなっていません。歌詞の解釈はかなり人によりけりですが、”Who’s gonna drive you hometonight(今夜は誰がきみを家に送るんだろう…)”という一節はかなり意味深です。
翌85年には新曲を含むベスト盤をリリース。こちらも大ヒットし、この頃が全盛期であったでしょう。
決して米ポップミュージック界におけるメインストリームな存在というバンドではありませんでした。かといって超個性的な音楽を演り、一部のコアでマニアックなファンだけから好かれた、という訳でもない。本流・主流からは少し離れた所に居ながら一定の支持を集めていた、決して貶める言葉ではない良い意味での、”B級バンド”という表現がぴったりはまる様な存在だった気がします。
88年にバンドは解散。00年に中心メンバーであったベンジャミン・オール(vo、b)が亡くなった事により、オリジナルメンバーで再結成を果たすことはなくなってしまいました。しかし10年にはベンジャミン以外のメンバーにて活動を再開。11年には24年振りとなる新作をリリースしました。
ニューウェイヴやテクノポップといった音楽の要素が決して普遍性を持ったものではないため、35年余り経った現在では、勿論新しい波でもなく、そのテクノロジー(シンセやエレドラの音色等)などは古臭く感じるものでしょう。リアルタイムで聴いていた私などはノスタルジーが先に立ってしまい客観的に聴くことが困難な面があります。30代以下の若い世代の方たちには彼らの音楽がどのように聴こえるのか、ちょっと興味があります。古臭い・つまらないと一蹴されるか、逆に一周回って新鮮に感じたりするのか…。ただし一つだけ言えるのが、カーズというバンドはその時代の流行りに乗っただけではなかった、という事。ニューウェイヴ・テクノといった要素は表層に過ぎず、彼らの本質は他のアメリカンロックとは一線を画する、どこか冷めた、その歌詞などを含めた彼らなりの(イギリス人とはまた違った)皮肉・ペーソスを漂わせた音楽性にあったのではないかと私は思っています。先述の「You Might Think」や81年のシングルヒット「Shake it up」といった一聴するとポップでキャッチーなR&Rと、これも先にあげた「Drive」の様なスローナンバー
にも、そのいずれにおいても奥底には同じ様な”クールさ・憂い”があって、人々は意識的か無意識にか、彼らに他とは違う魅力を感じ取ったのではないか、と私は思っています。そしてそれは時代に左右されない彼ら独自の音楽性であるので、若い方の中にはその音楽に魅かれる人達もいるのではないでしょうか。もっともただのオッサンの妄想、と言われてしまえばそれまでなのですけど・・・