#60 Method of Modern Love

83年10月、ホール&オーツは新曲2曲を含むベストアルバム「Rock ‘n Soul Part 1」を発表。本作からのシングルカット「Say It Isn’t So」も全米2位の大ヒット。ちなみに1位を阻んだのはポール・マッカートニーとマイケル・ジャクソンによるデュエット曲「Say Say Say」でした。ダリルいわく”80年代におけるフィラデルフィアサウンド”という楽曲。シングルとアルバムヴァージョンが異なりますが(上記はシングル)、個人的にはアルバム版の方が秀逸かと。「Rock ‘n Soul Part 1」も当然大ヒット。私の世代だと本作にて過去のヒット曲を知った、という人が多いのでは。80年代前半はこの様にベストアルバムだけど新曲も入っている、というパターンが多かったような気がします。スティービー・ワンダー、ビリー・ジョエル、カーズなど
同様のベスト盤をリリースしていました。新しい客層は勿論、既存のファンもちゃんと買えよ、というあこぎ… もとい、商売上手なリリースの仕方です。本アルバムとあわせて、ライヴの模様を収めたビデオ「Rock ‘n Soul Live」(同年3月のカナダ ケベック州公演)も発売されました。現在はユーチューブで観れてしまいます。

「Rock ‘n Soul Part 1」のエンディングに収録されたカナダ公演での「Wait for Me」。オリジナルは「モダン・ポップ」(79年)に収録され、同作からの1stシングルとして全米18位と、彼らとしてはスマッシュヒットといった程度のチャートアクションでしたが、本ベスト盤に収められたこのライヴヴァージョンは、ファンの間で非常に人気の高いテイクです。

 

 

 


84年10月、アルバム「Big Bam Boom」をリリース。1stシングル「Out of Touch」はこれまた全米No.1ヒット。本作はヒップホップ色が強くなり、また当時流行しつつあったラップも取り入れるなど、かなり時代の最先端を行ったサウンドでした。ゲートリバーブの効いたドラム、金属的なベース音、煌びやかなシンセの音色などはこの時代らしいものです。

今回のテーマである同作からの2ndシングル「Method of Modern Love」。初めて聴いた時は「何かヘンな曲…」、と思ってしまいます。テーマの部分が全てにおいて、脱力しているというか、悪い言い方をすれば腑抜けたように聴こえます。ブラス音のシンセによるフレーズ、パーカッション、そして『M-E-T-H-・・・』と連呼するコーラス、これら全てが”やる気あるんかい!”というようなものです。歌のパートに入ると、浮遊感と言えば聞こえは良いのですがやはり気が抜けています。唯一G. E. スミスによるボリューム奏法を駆使したギターがやや緊張感を保っている程度で、とにかく全てにおいて緊張感に乏しい楽曲です、途中までは・・・
しかし後半から一変します(上の動画で言うと3:50辺り)。一聴すると転調でもしたのかと思うほどガラッと変わりますが、このコーダのパートは歌でのBメロにおけるコード進行の上で成り立っています(若干違う部分も出てきますが)。テーマでひたすら繰り返されてきた『M-E-T-H-・・・』のコーラスが当該パートのコードに基づいて改めて歌われ、シンセの音色が煌びやかなものに変わり、そして何よりダリルのヴォーカルが変わります。これだけで全く曲の印象・曲調が変わる事は非常に興味深いものです。勿論全てはコーダにおけるダリルの歌をより引き立たせるため。そのために中盤までの気の抜けた様な曲調・サウンドがあったのです(少しヒドイ言い方かな…)。ここにおけるダリルのヴァーカルは圧巻の一言。当時ダリルは30代後半、シンガーとして最も”脂の乗っていた”時期だったと言えるでしょう。ビデオもその曲調に沿って制作されています。中盤まではコミカルな作り、特にドラムのミッキー・カリーが手に持って叩いているものに注目してください、トイレ用のブラシと所謂”スッポン(ズッポン)”です(正確にはラバーカップというらしいですが)、いくら何でも・・・

飛ぶ鳥を落とす勢いのホール&オーツにさらに嬉しい出来事が起こります。85年7月、イギリスのブルーアイドソウル・シンガー ポール・ヤングによる彼らのカヴァー曲「Everytime You Go Away」が全米1位となります。本曲は「モダン・ヴォイス」(80年)に収録された曲。#57にて本アルバムにはもう一つ重要な楽曲がある、と述べたのはこの事です。私のおぼろげな記憶では、ダリルとP・ヤングが一緒に歌った映像を観た記憶があるのですが(多分ヤングが何某かの賞を受けた時のステージにて)、今回いくら探しても出てきませんでした。代わりに85年5月に黒人音楽の殿堂 アポロシアターにて彼らのアイドルであったテンプテーションズのデヴィッド・ラフィン、エディ・ケンドリックスと共演した際に取り上げていますので、今回はこちらを。ちょうどヤングのヴァージョンがチャートを駆け上っていた頃であり、冒頭でカヴァーの事に触れています。

このコンサートは「Live at the Apollo」としてレコード化され、これまたヒットしています。

86年8月、ダリルは2枚目のソロアルバム「Three Hearts in the Happy Ending Machine」を発表。1stシングル「Dreamtime」は全米5位の大ヒット。本作はユーリズミックスのデイブ・スチュアートがプロデュースを務めており、前作同様、ホール&オーツとは異なるカラーを打ち出しています。やはりダリルの中にはイギリス・ヨーロッパ的感性が潜んでいるのではないかと思われます。ちなみに、「Dreamtime」は90年代前半に日本でミリオンセラーとなったある曲の元ネタになったのでは、としてその手の話としては定番です。興味のある人はググってみてください。
88年、アルバム「Ooh Yeah!」をリリース。第一弾シングル「Everything Your Heart Desires」が全米3位の大ヒットとなり、アルバムもプラチナディスクを獲得します。しかしオリジナルアルバムとしては本作が最後のプラチナとなり(01年のベスト盤は獲得しましたが)、商業的勢いはこの頃を境に、徐々に下降線をたどる事となっていきます。ではその中身、音楽的にも低迷していったのでしょうか?そのあたりは次回にて。

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