ダニー・ハサウェイのミュージシャンとしてのキャリアは、カーティス・メイフィールドが設立した
カートム・レコードにおけるソングライター・プロデューサーとしての立場から始まります。
ダニー自身もカートムでシングルを一枚レコーディングしており、その後アトランティックの
子レーベルであるアトコと契約し、1stアルバムにも収録された「The Ghetto」(69年)で
シングルデビューする事となります。
ロバータ・フラックとの共作「Roberta Flack & Donny Hathaway」(72年、#129ご参照)、
と前回取り上げたそれに先立つ自身のライヴアルバム「Live」の大ヒットによって、
ダニーの名はニューソウルにおける急先鋒の一人として世間に知られる所となります。
そのダニーが満を持して発表した4thアルバムが「Extension of a Man」(73年)であり、
上はオープニングナンバー「I Love the Lord; He Heard My Cry」と2曲目の
「Someday We’ll All Be Free」。クレジット上は別の曲ですが、メドレーとなって
いるので実質一つの曲として捉えるのが適当でしょう。
いきなり荘厳な、本アルバムが大作であるのを感じさせる始まり方です。従来の作品とは
カラーが明らかに異なり、良い意味で期待を裏切ってくれています。5:32からが
次曲「Someday We’ll All Be Free」ですが、その前辺りからエレピやハープ(竪琴の方)の
音で雰囲気がガラッと変わりメローな本曲へと移っていきます。アコースティックギターの
音色の美しさも見事で(コーネル・デュプリーかデヴィッド・スピノザのどちらか)、
更にホーンとストリングスが見事な彩を添えて非常に贅沢な作りです。勿論それに相応しい、
言い換えれば負けていない楽曲であるからこそこれだけのアレンジが映えるのです。
「Flying Easy」と「Valdez in the Country」は共にリズミックでクロスオーヴァースタイルの曲。
前者は過去にインストゥルメンタルで録音した事のある楽曲でしたが、本作で歌詞を付け改めて録音した
との事。エレピが印象的ですが、前回ダニーが使用していたのはウーリッツァーと述べましたけれども、
本作ではフェンダー社のローズピアノを採用しています。これぞ ”エレピ” といったお馴染みの音色です。
アル・クーパーの曲であるスローナンバー「I Love You More Than You’ll Ever Know」。
ダニーの切ないヴォーカルが映えており、バックの演奏も秀逸。コーネル・デュプリーのヴォリューム奏法
(ピッキング時はギターの音量をゼロにし、その後上げていく事で独特の効果を出す)が素晴らしい。
珍しく(?)正統派的ソウルナンバーの「Come Little Children」。のっけからシャウトするのはダニーと
してはレアなヴォーカルスタイルです。鼻にかかってくぐもった様な歌い方が特徴ですが、スティーヴィー・
ワンダーと確かに酷似しています。前々回、スティーヴィーがダニーを参考にしたと述べましたが、
お互いにインスパイアされていたのではないかな?と私は思っています、声質が似てますからね。
本作でもっとも親しみやすく、そしてシングルカットされた「Love, Love, Love」。オリジナルでは
ないものの、女性コーラスの入れ方などを聴くとマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」や
「マーシー・マーシー・ミー」が元イメージであるのかなとも推察されますが、いずれも名曲である事に
間違いはありません。ラルフ・マクドナルドのパーカッション、ウィリー・ウィークスのベースが
素晴らしい事この上ない。
「The Slums」は一転してヘヴィーなファンクナンバー。デュプリーのギター、ウィークスのベースは
彼らの真骨頂とも言えるプレイです。タイトルがひたすら掛け声で繰り返されるだけで(あと後ろで
人の声が聴こえますがスラムの喧騒を表したのでしょう)、基本的にはインストゥルメンタル。
しかし歌詞は無くとも黒人差別・貧困問題などを提起しているように聴こえるからこれが不思議。
伝える手段は必ずしも言葉だけではないという事でしょうか。
ラグタイムやヴォードヴィル風の軽快なナンバー「Magdalena」は本作では異色の楽曲ですが、
これがアクセント、良い意味で箸休め的な存在になっています。マグダレーナはヨーロッパ系の
女性名なので、やはり欧州ヴォードヴィルショーのイメージなのかな?と思われます。
エンディングナンバー「I Know It’s You」。ラストを飾るに相応しいエモーショナルな
楽曲であり、ダニーの歌唱も同様です。全然話は変わりますが、出だしにおけるピアノのフレーズが
吉田美奈子さんの名曲「時よ」(78年)の歌い出し ” 秘かに会った … ” とそっくりなのですが、
こういうのはパクリとは言いません、「リスペクト」「オマージュ」というやつです。
パクリというのは・・・・・あぶねえ … 言いそうになった・・・・・・・
先述の通り、本作はそれまでの作品とは方向性が違います。半分近くがカヴァーなので、
歌詞にストーリー性があるとかは当然無いのですが、所謂トータルコンセプトアルバムを
意識して創ったのではないかと思えるのです。フー「トミー」やピンク・フロイド「狂気」
などが有名ですが、そこまではいかなくとも壮大なオープニング曲や個々の楽曲の配置、
そして先ほどは楽曲毎の歌詞に繋がりは無いと言いましたが、各曲名及びアルバムタイトル
(直訳すれば ”人間性の拡張” )などが意味深く、顕著なのはオープニングが ” 主よ愛しています:
主は私の嘆きを聞いた ” で始まりエンディングが ” 主よ御助けを ” ですので、
そこに何かしらのダニーによる思い(想い)を感じざるを得ません。デビュー作からキリスト教的
感覚があったのは間違いない事なのですが、しかし本作では更にそれを推し進めた、
明らかにそれまでとは異なる、並々ならぬダニーの本作に対する意気込みが伺い知れるのです。
しかしながら、作者の作品に対する入れ込みようと商業的成功が必ずしも比例しないのは
世の常であり、本作はポップス69位・R&B18位と、ロバータとのアルバムや「Live」と
比べてお世辞にもヒットと呼べるものではありませんでした。
そして結果的に、ダニーの生前における最後のオリジナルアルバムとなります。
ダニーは作品が世に認められ始めた頃、一方で精神疾患(躁鬱病とも統合失調症とも言われる)に
悩まされるようになり、そしてそれにより周囲と軋轢を生み始め、やがては盟友である
ロバータとも一時袂を分かつことになってしまい、しばらく表舞台から姿を消します。
その様な状況でありながらも音楽をやめる事は出来ず、その時期も場末のライヴハウスなどで
演奏は続けていたと言われています。かつては全米TOP10ヒットを飛ばしたミュージシャンが、
わずかその数年後にはうら寂れたクラブで歌っているというのは、なかなかに悲壮感が漂いつつも、
まるで伝記映画的展開とも取れるのですが、その後ダニーはどうなるのか?
続きは次回にて。