#191 Zanzibar

ビリー・ジョエルと言えば「素顔のままで」「オネスティ」といったバラード、というイメージが
定着している。というのは既述ですが、「素顔のままで」はともかく「オネスティ」は米本国で
それほど認知されていない楽曲だというのは意外な事です。

”「誠実」なんて虚しい言葉だろう ” このあまりにも有名な一節を含んだ本曲は「52nd Street」
からの3枚目のシングルとしてリリースされましたが、チャートアクションは24位という
決して大ヒットと呼べるものではありませんでした。

日本で特に人気が高いのはひとえに上のテレビCMによるものでしょう。ネッスル社のCMによって
本曲はお茶の間に浸透しました。私以上の世代(昭和45生)なら絶対に視ているコマーシャルですが、
前作「ストレンジャー」からタイトル曲が日本でシングルとして大ヒットした事が本曲を起用した
一因となっているのは言うまでもないことでしょう。ただ本曲はオリコンチャートにおいては53位と
「ストレンジャー」ほど奮いませんでした。爆発的に売れたのはフランスにおいて。8週連続1位という
快挙を成し遂げ、70年代における最も売れた曲TOP10に入ったそうです。言われてみれば、
少しシャンソンに
通ずる哀愁が漂ってなくもないですよね。

本作からの第一弾シングルであり全米3位の大ヒットなったのが「My Life」。一聴すると軽快な
ポップソングですがその歌詞はとてつもなく厭世的なもの。
商売が上手くいかず、物質的豊かさのみの米流大量消費生活に辟易した主人公が西海岸へ移住し
畑違いの芸能関係を生業とする。友達に窘められても放っておいてくれ、と言う事を聞かない。
ここでの ” 俺の人生だ!” というのは前向きなものではなく、世をはかなんだものです。
それにしてもアメリカンドリームをつかんだと言って良いほどの成功を収めたのに、
次の作品でこんな後ろ向きな歌詞を書く。この人はやっぱりネガティブの塊の様な人なのでしょう。

A面ラストの「Zanzibar(ザンジバル)」。前作における「イタリアンレストランで」に
相当する様な楽曲です。ただしその歌詞は「イタリアンレストランで」とはだいぶ異なるもの。
「Zanzibar」という異国情緒(アフリカ風?)あふれる店名のバーを舞台にしています
(ちなみに語尾の ”bar” が酒場のバーとかかっている事は言うまでもない)。
店が舞台という点では「イタリアンレストランで」と同様ですけれどもその中身は・・・

ボクシングと野球が好きなビリーらしく二つのスポーツを用いて書いています。
1番ではモハメッド・アリが登場し、彼の活躍を観る事によって自らを鼓舞させる内容。
ただしそれはヒロイックなものではなく、酔っぱらった昭和のオヤジが巨人や阪神が
勝った負けたと言って一喜一憂して騒いでいる下卑た様なもの。
そして自分はザンジバルの ” 顔 ” であり、店のウェイトレスと ” イイ ” 仲であると自慢する。
そしてサビが、

I’ve got the old man’s car I’ve got a jazz guitar
I’ve got a tab at Zanzibar Tonight that’s where I’ll be
俺には古い車がある ジャズギターだってある
そしてザンジバルにはつけがある 今夜俺はそこにいるだろう

古い車、ジャズギター、さらには飲み屋にツケがあるという事は大人の男だということ。
しかしあまり格好の良いものではなく、オレこんなの持ってるんだぜ!、的な陳腐な自慢です。
2番はピート・ローズが出てきます。野球と恋愛をかけた内容で、そして狙っている相手は
勿論ザンジバルのウェイトレスでありません。しかし結局は玉砕する・・・
そして3番では結局ウェイトレスのもとに戻ってくる、といった内容です。

結局の所この歌詞は、粋な大人の男で、しかもプレイボーイを気取ってはいるが、
とどのつまりはダメ男である、といった内容です。
「イタリアンレストランで」とは、若さゆえの無鉄砲・無計画な行動で一度挫折を味わった者達を、
甘やかす訳でもなく、かと言って窘めるわけでもなく、それもまた人生だとありのままに認め、
門戸を開いて彼らを受け入れる店でした。
「フォンタナ ディ トレビ」という実在したビリー行きつけの店がモデルになってはいますが、
実はこの世のどこにも存在しない、観念的・精神的な心の拠り所だと私は思っています。
それに対して「ザンジバル」は、特にモデルになったバーがあったようではありませんが、
その辺にいくらでもある飲み屋であり、またこの男もその辺りにいそうなダメな輩です。

しかし歌詞はダメダメな男でも、楽曲とサウンドは極上のものです。
本曲で取り沙汰されるのはジャズトランペットの大御所 フレディ・ハバートの参加。
ハバートによる二回のソロが本曲をより高みへと押し上げているのは言わずもがなですが、
それに比べてあまり取り上げられないヴィブラフォン奏者 マイク・マイニエリも
素晴らしい貢献を果たしています。

まとめると、本曲は非常にダンディズムに溢れた曲調であるながら、その辺にいるダメな男
またそいつらが行きそうな俗な飲み屋を主人公及び舞台にした、コントラストが際立つ楽曲です。
ビリーは完全にそのギャップを狙ったんでしょうが、本曲においても彼の一筋縄ではいかぬ
創造性が伺い知れて、これはこれで楽しいです(単にひねくれているだけ? … かも・・・・・)

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