#192 Rosalinda’s Eyes

78年4月にビリー・ジョエルは初来日公演を行います。しかし本公演はぎりぎりまで実現出来るか
どうか危ういものだった、というのは意外な話しです。77年中には「素顔のままで」のヒットと共に
アルバムも売れていたのに何故?と思ってしまいますが、実は「素顔のままで」が全米チャートを
駆け上がっていったのは翌78年になってからであり、最高位3位を記録したのは2月18日の事。
勿論インターネットなど無い時代、最新の洋楽紹介番組である『ベストヒットUSA』も
まだ始まっておらず、海の向こうの最新音楽動向などは
一部の業界関係者、もしくはよほどの
マニアしか知る由がない所でした。

日本では同時期にビリーの知名度が上がる下地が作られます。ソニーのテレビCMに
「ストレンジャー」が使用されたのです。これは勿論米におけるビリーの大躍進の兆しを
知っている業界関係者によるものでした。ちなみにアルバム「ストレンジャー」の日本における
リリースは翌78年の事。またシングル「ストレンジャー」が日本のみの発売となったのは
このテレビCMが先にあった為、というのも言わずもがなです。
はじめに豪公演の後に日本へ寄りたい、という申し出がビリー側からあったそうです。
しかし会場の問題などで日本サイドは二の足を踏んでいました。ところが「素顔のままで」の大ブレイクと
日本における「ストレンジャー」の人気から、何とか調整をして来日公演を実現させたそうです。

ストレンジャーの世界的成功に気負う訳でもなく、かといって二番煎じを作るでもなく、
次作「52nd Street」が余裕さえ感じられる傑作となったのは既述の事です。
A面に有名曲が集まっている為にB面は地味な印象を一般的には受けてしまいますが、
実はA面に負けぬほど素晴らしい楽曲ばかりが収録されています。
上はB-①の「Stiletto(恋の切れ味)」。スティレットとは先の細く尖ったナイフを指します。
ナイフで切り付けられ様な恋愛、といったかなりマゾヒスティックな内容に取れますが、
もうちょっと深い意味があるのかな、と私は思っています。
本曲は妻エリザベスの事を表したとされていますが、後に離婚する二人ですけれども
まだこの頃は円満であったと言われています。
それにしても「素顔のままで」であれほど甘い歌を創った後に、同じ妻に対して真逆の歌を創ってしまうのは
興味深いです。ちなみにエリザベスはかなりやり手のマネージャーでもあったそうです。

今回のテーマであるB-②「Rosalinda’s Eyes」はビリーの中で決してメジャーな曲ではありません。
なのですが、私はともすれば「ビッグショット」と並んで本作のベストトラックではないかと思っています。
アルバム中少なくとも一曲はラテンテイストの曲を入れる事をポリシーにしている、というのは
以前に書きましたが「52nd Street」においては本曲がそれです。
かなりゆっくりめのサンバフィールとでも形容しましょうか、それはボサノヴァでは? と言う向きが
あるかもしれませんが、本曲のグルーヴは明らかにボサとは異なり、やはりサンバとしか言えません。
随所でエレクトリックピアノが印象的な本曲ですが、本アルバムにおいてビリーはフェンダーローズと
ヤマハCP70の両方を使用しています。私は鍵盤は門外漢なので自信はありませんけれども、
これはローズだと思います。CP70はクラヴィネットっぽい音色だそうですから。
ロザリンダはビリーの母親の名前(スペルは ” Rosalind ” でaが付いてないらしいですが)。
つまり本曲は母に捧げたものです。

舞台はN.Y. のスペイン街であり、ミュージシャンである主人公とロザリンダという(多分)踊り子の
物語です。決して生活が楽ではない主人公だが、ロザリンダはその才能を認めて信じてくれている。
ロザリンダの瞳を通して主人公はキューバの青空を見る(キューバはスペインの植民地であった)。
自分はそこに行くことはないだろうと語っているので、彼はキューバの出ではないのでしょう。
ビリーの母親は彼のミュージシャンになりたいという願いを肯定的に認めてくれていたそうです。

ポルトガル語にサウダージという言葉があります。翻訳家泣かせのワードらしいのですが、

郷愁、思慕、切なさといった憂いの感情を指し、ブラジル人気質を表す言葉と言われます。
明るい、あるいはのどかな曲調の中にもどこか切なく憂いを帯びた雰囲気を漂わせる、サンバやボサノヴァに限らずラテンミュージックには甘さと辛さが表裏一体となった独特のテイストがあります。
それは本曲でも感じる事が出来、特にリコーダーソロが終わって歌詞で言うと三番の歌いだしの所、
演奏が中断されビリーの歌のみとなり、そこにエレピの音色が素晴らしい栄えをもたらします。
この部分の歌詞は、バンド内でも孤独でなおかつ安月給の自分ではあるが結婚式のドレスを準備するんだ、
というもの。影と希望が同居し、それが明るくリズミックな曲調の中にも寂寥感を醸し出していて、
これこそまさに ” サウダージ ” なのだと私は思っています。

最後にユーチューブで面白いものを見つけたのでご紹介。「Rosalinda’s Eyes」のデモその1・その2が
上がっています。興味深いのは1の方で、最初の段階ではだいぶ印象の異なるものであった事。
このテイクも素晴らしいので、何なら本ヴァージョンでも仕上げて欲しかったと個人的には思ってしまう …

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