新人がヒットを飛ばした場合、当然レコード会社やマネージメントサイドはその勢いがある内に次作の制作を急かす、これは致し方ない事だと思います。デビューアルバムが米でミリオンセラーを記録したシンプリー・レッドもその例外ではありませんでした。前回も述べた事ですが、シングルでのレコードデビューが85年3月、1stアルバム「Picture Book」が同年10月。そして「Holding Back the Years」が全米1位となったのは86年7月でした。おそらくはバンドの周囲が慌ただしく動き始めたのもこの頃からでしょう。2ndアルバム「Men and Women」がリリースされたのは87年3月の事でした。
全く次作の準備をしていなかったという事は無いかとは思いますが、「Holding Back the Years」が全米チャートの頂点を極めた時点から起算すると、新作の発売までわずか9ヵ月という期間です。本作のオープニングナンバーにして第一弾シングルであるのが上の「The Right Thing」。私が思うに、本作を象徴している楽曲であり、ベストトラックだと思っています。あせり・気負い・やっつけ感などは全く感じられない、むしろ余裕と、ともすればすでに円熟味さえ感じさせるミックのヴォーカルです。ちなみに快活なソウルナンバーという印象の曲ですが、歌詞はとんでもなく性的なもの。「もう真夜中、さあ、ヤ〇う!僕の×××がどんどん△△△△△くるよ。君の◇◇◇に僕の×××を◆◆◆するよ。さあ、ヤ〇う!今すぐ@@@しよう!」…
伏せ字ばかりでワカランわ!!!ヽ( ・∀・)ノ┌┛Σ(ノ;`Д´)ノ
本作の一般的な評価としては、前作にあった内省的な印象が薄れ、よりソウル色を増し、明るくなった、というポジティブな論調が一つ。これは私も全く同感です。一方、否定的な論調として、先ほどの意見が反転したもの、というか常にこういう論評は相反するものなのですが、売れ線に走った、特にアメリカ市場におもねった作りになった、というものです。否定的な意見として言われる最たるものは、ジャズスタンダードナンバーの「Ev’ry Time We Say Goodbye」を取り上げた事。偉大なる大作曲家 コール・ポーターによるあまりにも有名な本曲は、 ”ベタ過ぎる” という点でネガティブに評価されがちです。人それぞれ意見は様々で良いかとは思いますが、カヴァーした楽曲が超有名曲だからといって売れ線と批判するのは、木を見て森を見ず的な、全く本質を理解していないものです。
本作ではラモント・ドジャーがソングライターとして参加しています。ホーランド=ドジャー=ホーランド名義でシュープリームズの「恋はあせらず」「ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ」をはじめ、モータウンの数ある名曲を手掛けた大物作曲家。おそらくはレコード会社側が準備期間の短さや、話題作りの為にあてがった人事だと思われますが、上の「Infidelity」はミックとドジャーの共作です。
R&B、ソウル、ファンク、ジャズバラード、はたまた上の「Love Fire」の様なレゲエまで。本作は何でも有り、無いのは節操(失礼<(_ _)>)というくらいにバラエティーに富んだ音楽性です。前作の様な内省的な雰囲気、トーキング・ヘッズ「ヘブン」における見事なカヴァーアレンジといった意外性、などを期待していた聴衆からは不評を買ったようです。アメリカでは前作のようなヒットには結び付きませんでした。ひょっとしたらですが、米で前作を支持した層は、既存のアメリカ的ソウルミュージックに飽きていた聴衆が、イギリスの若者が創りあげた新しい英国流ソウルに惹かれたためであり、表面上はアメリカナイズされてしまったとされる本作は、彼らにはいまいち響かなかったのかもしれません。
しかし本国イギリスをはじめ、ヨーロッパ各国では前作同様にプラチナ・ゴールドディスクを獲得しており、この辺りがアメリカと違って面白い所です。基本的に中身(音楽)が良ければ、ベタな選曲をしようが、意外性が無かろうが構いはしないのでしょう。そして何より素晴らしいのは、当のミック・ハックネル本人が伸び伸びと歌っているという点。
ミックに売れなくても構わないなどという意思があったとは到底思いませんし、米市場を全く意識しなかった、という事も考えにくいでしょう。しかしながら、インタビューでのコメントなどの裏付けがある訳では無い全くの私見なのですが、ミックという人はその時その時で自分が良いと思ったものを、縛りを科す事なく、自由に創っていくミュージシャンだと思うのです。デビュー作は社会派な歌詞、派手さよりも実質本位(音楽本位)という内容が、時間は若干かかったものの、米をはじめとして、世界中の多くのリスナーに受け入れられました。
しかし2ndである本作制作時には、本人の創作に対する方向性が前作とは変わっていただけの様な気がするのです。勿論ベースにソウルミュージックがあるのは揺るぎない事なのですが、失礼を承知で言うと、自らのスタイル、バンドのコンセプトよりも、 ”うっせえな!今オレが創りたいものを創るんだよ!!” 的な、あまり難しい事を考えない人だったのでは・・・かと言って、ミックが唯々諾々と、「ねえミック♡ 売れるレコードを作ろうよ♡♡ ヘラヘラヘラ~…」という周囲の甘言に乗ったとも思いません(レコード会社に失礼だな… 会社の名誉の為にマジメに言うと、英エレクトラはシンプリー・レッドをかなり買っていて、デビュー作に米大物プロデューサー スチュワート・レヴィンを起用したり、彼らをしっかりサポートしていた様です)。B面トップを飾る上の「Let Me Have It All」は米ファンクバンドの雄 スライ&ザ・ファミリー・ストーンのカヴァーですが、スライの曲としては決してメジャーな方ではなく、その選曲眼、そしてオリジナルに負けるとも劣らないヘヴィーなファンク感は素晴らしく、売れ線などと言う輩の気が知れません。
また先述の1stシングルである「The Right Thing」はその ”あまりな” 歌詞のせいで幾つかの国では当時放送禁止とされたそうです。売上最優先であるならばもっと無難な曲を選ぶでしょう。ミックは元々セックス・ピストルズに感銘を受け、音楽の道を志したと語っており、パンクの反骨精神を持ち合わせている人です。「The Right Thing」の過激な歌詞は、前作の成功によって、露骨に手のひらを返してきた世間や、俗にマスコミと呼ばれるプレス連中に対しての、”テメエら!これでも喰らえ!!” 的な皮肉、アンチテーゼだった様な気がするのです。