#118 Innervisions

あまりに周知の事実と思って今まで触れてきませんでしたが、スティーヴィー・ワンダーは
盲目です。未熟児として生まれ、保育器における酸素の過剰摂取により視力を失ったそうです。
「トーキング・ブック」に次ぐアルバム「Innervisions」(73年)。”内なる眼・視界” の様な
意味になるのでしょうか、本作はスティーヴィーだけに見える世界を歌ったものなのかも。

スティーヴィーの代表作にて最高傑作は「キー・オブ・ライフ」(76年)とされるのが
一般的ですが、本作「インナーヴィジョンズ」こそ最高傑作とするファンが決して少なくなく、
それがうなずける程に音楽的に優れた、密度の濃い(ともすれば息苦しささえおぼえるほどの)
傑作アルバムです。
オープニングナンバー「Too High」。冒頭からのテンション感に ”まともな曲じゃないな”
(誉め言葉ですよ)と思わせる楽曲。クロスオーヴァーとファンクが見事に融合した本曲は、
印象的なシンセベース及び電気ピアノ、ヴォーカルにかけられたエフェクト、コーラスなどが
妖しげな雰囲気を漂わせています。タイトルや曲の雰囲気からしてドラッグについて歌っているのかな?
と推察される所ですが、確かにドラッグに関する歌詞でも、内容はそれを戒めるものです。
”ピ〇〇ル〇き” みたいになっちゃダメだぞ!☆(ゝω・)v  ・・・・ やかましい!(._+ )☆\(ー.ーメ)

「Living for the City(汚れた街)」は歌唱の素晴らしさについてよく賛辞を贈られる楽曲。
ストーリー仕立ての歌詞であり、状況によって歌い方を使い分けているので、ちょっとした
ドラマを観ているよう(中間部には劇のような場面がありますし)。エンディングが次曲に
繋がっているので、本曲だけで聴くとブツッと切れてしまうのが難点です。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズによるカヴァーでもよく知られる「Higher Ground」。
「迷信」や「愛するデューク」もそうですが、どうしたらこの様なうねり・粘りといった
グルーヴが生まれるのでしょうか?当然ドラムはスティーヴィー自身。ドラムが本職ではないので、
そのプレイには勿論粗い部分もあるのですが、このドラミングはスティーヴィーにしか
出来ないものだと私は思っています。

前回、「You and I 」を含めて私なりの ”スティーヴィー三大バラード” が あると述べました。
「All in Love Is Fair(恋)」はそれには含まれていませんが、それらに勝るとも劣らない
傑作バラードです。その三曲とはカラーが異なるので別枠としているだけです。
本曲は最初の妻 シリータ・ライトとの別れについて歌った曲だと言われています。実際における
二人の結婚生活がそれほど綺麗事であったかどうかは『?』が付く所であるのは前回述べた所ですが、
少なくとも本曲においては狂おしいほど切ない想いが朗々と、かつ劇的に歌われています。
スティーヴィーによる名唱の一つ、と言って間違いないでしょう。

個人的には本作のベストトラックである「Golden Lady 」。シンコペーションが際立つ
リズム(特に左チャンネルのハイハット)、ムーグによるベースとシンセのフレーズはかなり
テクニカルで、ともすれば歌を邪魔しかねない程ですが、全くそれは感じさせません。
よくバンドなどでは先ずたたき台があって、スタジオでセッションを重ねていく内に、時には
最初描いていた形とは異なる着地点に落ち着く、という話をよく聞きます。しかし、おそらくこの頃の
スティーヴィーは完成形が頭にあって、それにどう近づけていくかという作業に没頭していたのだと
思います。各パートだけを個別に聴くと『いったい何が創りたいんだ?』と理解が困難なのですが、
しかし全てを合わせてみると見事にピースがはまるという訳です。60年代のブライアン・ウィルソンも
(特にペット・サウンズは)そうであったとの事。ちなみに「汚れた街」の次が本曲で、この二曲は
繋がっているので続けて聴くべきです、というより本作は丸々一枚通して聴くべきアルバムです。

「インナーヴィジョンズ」は勿論ラブソングもありますが、ドラッグ、理想社会、人種差別、
宗教、その歌詞だけでは理解できない抽象的・観念的なテーマなど、歌の内容においても変化を
遂げた作品と評価されています。これは人好き好きでしょうが、マーヴィン・ゲイの
「ホワッツ・ゴーイン・オン」等と同様に、ラブソングだけを歌っていれば良かった時代の
終焉を告げるものだったのではないでしょうか。

本作リリースのわずか三日後、交通事故によりスティーヴィーは一時意識不明の重体となります。
しかし驚異的とも言える回復を見せ(若干の後遺症は残りましたが)、9月末にはエルトン・ジョンの
コンサートへゲストとしてステージに昇りました。
この事故がその後の創作、大仰に言えば人生観へも影響を与えたらしく、スティーヴィーの作品は
また新たなる境地を示し始めますが、その辺はまた次回にて。

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