76年に発表されたスティーヴィー・ワンダーの代表作「Songs in the Key of Life(キー・オブ・ライフ)」は、当初「ファースト・フィナーレ2」と、前作のタイトルを踏襲する考えもあったそうです。TONTOシンセのエンジニアであり、三部作の共同プロデューサーでもあったロバート・マゴーレフとマルコム・セシルはこの当時スティーヴィーに ”群がってきた” 様々な人物達によって引き離され(あくまで二人の弁)、またマゴーレフ達もそれに嫌気が差した為、共同プロデュースチームは解散となり、スティーヴィーは一人でアルバム制作をするはめとなりました。そのためであったのか、締め切りは75年中とされていたのが大幅に遅れ、76年9月のリリースとなりました。勿論スティーヴィーの作品にかける並々ならぬこだわりが遅れの要因になったのも言わずもがなですが。
愛娘アイシャの誕生を歌った「Isn’t She Lovely(可愛いアイシャ)」でC面は幕を開けます。前回有名曲は取り上げないと言ったので動画は張りませんが、トリビア的な話を一つだけ。曲中で聴こえる赤ん坊の笑い声は永らく当然アイシャのものだと思われていましたが、00年代半ばにスティーヴィーが ”実はアイシャのものではない” とカミングアウトしました
… エェェ((゚д゚; ))ェェエ
当時洋楽好きの間ではちょっとした話題になりましたが、勿論最初はアイシャの声を使おうとしたものの上手くいかず、同時期にかかりつけの歯科医に子供が生まれたのでその子の声を録らせてもらったとの事。今調べてみるとイントロだけ別の子であってその他はアイシャであるとか、色々な話が出回っています。15年位前の話なので私もうろ覚えなのですが・・・上はC面3曲目「Black Man」。タイトルからしてわかる通り人種問題について触れた歌詞。途中で寸劇の様なパートがあるのはインナーヴィジョンズの「汚れた街」と同様。その歌詞に興味がある方は自身で調べて頂くとして、とにかく本曲のファンクグルーヴは天下一品であり、「愛するデューク」でも聴く事が出来るブラスセクションのソリも素晴らしい。8分半に及ぶ本曲を長いと感じる向きもある様ですが、私は気になりません。人それぞれという事です。
D面1曲目である「Ngiculela – Es Una Historia – I Am Singing(歌を唄えば)」。ズール語、スペイン語、そして英語にて歌われる本曲はストレートなラブソングとの事。印象的なのはシンセの音色(ハープシコード?)ですが、実はかなり大人数によるパーカッションのパートも採用されており、それが言語と相まって本曲のワールドワイド感を高めているのだと思われます。
ハープ(竪琴の方)による調べの上でスティーヴィーの歌(と若干のみハーモニカ)が堪能できる「If It’s Magic」。「歌を唄えば」と共に、ともすれば本作においては小作品といった扱いをされてしまいがちなナンバーですが、それでさえ一級品の楽曲・歌・演奏なのです。
ジャズ界の御大 ハービー・ハンコック(と言っても当時はまだ30代)が参加している「As」。本曲は珍しくハンコックのエレピをはじめとしてベース・ドラムにおいてもゲストミュージシャンによる演奏です。歌の合間のオブリガード(合いの手的フレーズ、フィルイン)やソロがハンコックでしょうが、スティーヴィーの歌をスポイルする事無く、見事な効果をあげています。当然ストレートアヘッドなジャズミュージックからそのキャリアを開始したハンコックでしたが、やがてエレクトリックなフュージョン、ファンク・ヒップホップと、ジャズの枠には収まりきらない音楽を展開していったのは、スティーヴィーなどのポップス界のミュージシャンとの交流による影響もあったのでしょう。実際本作の後、シンセをスティーヴィーから借り受けて自身のアルバムで使用したりしていたそうです。本曲は全体に漂う黒っぽいフィーリングがたまりません。節回しを変えて歌うパートはまるでサッチモ?また大人数に聴こえるコーラスですが、実はスティーヴィーと女性シンガーの二人によるもの。7分強と長尺ですが全く飽きを感じさせません。
D面のトリを飾る「Another Star」。”サンタナかよ!” と思わずツッコんでしまう様なラテンフィール溢れるイントロ。血沸き肉躍る様な曲、というのは本曲を指すもの。歌・演奏・アレンジ全てが完璧です。ジョージ・ベンソンがギターとコーラスで参加しています。「ブリージン」が本作と同年の5月と、若干早くリリースされジャズのアルバムとしては異例の大ヒットを記録したベンソンですが、勿論レコーディング時はもう少し前の話。決して派手なソロなどは弾いておらず、オブリガードに徹していてあまりフィーチャーされていませんが、自他共に結果としてそれで良いと判断されたのかも。ブラスセクションが見事なのは言うまでもなく、パーカッション、コーラス、そして終盤のフルートソロが秀逸です。個人的には本作のベストトラック。
EP盤B面のラストナンバー「Easy Goin’ Evening (My Mama’s Call)」。エレピ・ベース・ドラム、そしてハープ(竪琴じゃない方)によるインストゥルメンタルである本曲は、大傑作の締めくくりとして、何とも哀愁を漂わせながら、かつストイシズムを撒き散らしてリスナーを良い意味で翻弄させてくれるエンディング曲です。見過ごされがちですがスティーヴィーのワイヤーブラシによるドラミングが実に見事。そして、ハーモニカという楽器は何故これ程まで切ない音色なのでしょう…
アナログで聴けば普通はLP①→LP②→EPという順番ですが(多分その昔テープへダビングしたのもその順、だったと思う…)、CDではLP①→EPのA面→LP②→EPのB面となっています。再発されたCDの曲順からしても、EP収録曲は決してオマケ的なものではなく、本作を構成する重要な楽曲だったのだと思います。ですからCD①は「エボニー・アイズ」で終わり、CD②のオープニングは「可愛いアイシャ」で始まるのがしっくりくるのです。「アナザー・スター」で終われば大盛り上がりのうちにフィナーレを迎えられたのですが、そうは問屋が卸さず、「Easy Goin’ Evening 」で祭りの後に過行く夏の終わりを突き付けられる様な寂しさを味わいながら、我々は現実へと引き戻されるのです。
前回本作について、コンセプト性は無くごった煮の様な作品と言い表しました。実際に全てが本作の為に準備された楽曲という訳ではなく、幾つかは前作以前からのストックで、場合によっては三部作に収録されていたかもしれない曲もあるとされています。なのですが、矛盾を承知で言いますと、やはり本作にはスティーヴィー本人は図っていなかったとしても、統一されたカラー・雰囲気が、あの印象的なアルバムジャケットと共に存在する様な気がするのです。もっともこれは我々リスナーによる後付けの印象、ただの刷り込みかもしれませんが・・・