#136 Who Is This Bitch, Anyway?

ロバータ・フラック回の中で、とある代表曲のひとつについて触れませんでした。
その曲とは「Feel Like Makin’ Love」。74年にNo.1ヒットとなった本曲はロバータ版が
初出であり最もよく知られる所でしょう。数多くのカヴァーが存在する本曲ですけれども、
これについては、少なくとも私にとってはですがロバータを凌ぐヴァージョンがあります。

マリーナ・ショウが75年に発表した名盤「Who Is This Bitch, Anyway?」に収録された
ヴァージョン。これを超える「Feel Like Makin’ Love」を私は他に知りません。
ロバータ版よりもさらにジャズフィーリングに溢れた本曲は、ドラマティックな山場などが
ある訳ではありませんが(この曲自体が元々そうですけど)、静かにテンションが
高まっていく展開は何度聴いても鳥肌が立ちます。

マリーナ・ショウは42年、N.Y.生まれの御年76歳(もうすぐ77歳)。
ポップス・ソウルというよりもジャズのカテゴリーに組み入れられる事が多いため、
余計にポップミュージック界では知名度がイマひとつな原因かもしれません。
かくいう私も本作しか知らないのですけれども・・・
上はオープニング曲「Street Walking Woman」。16ビートとスウィングが交錯する
曲調は英語で言う所の ” Cool ” という表現がピッタリです。

トランぺッターを叔父に持ち、自身もディジー・ガレスピーやマイルス・デイヴィスなどを
好んで聴いていたようであり、音楽を学ぶ為大学へ進学しますが中退し、やがて結婚・妊娠。
しかし彼女は音楽の道を諦めなかった様です。上は「You Taught Me How to Speak in Love」。
エレピ(ローズピアノ)が印象的であるメローなナンバー。本作ではラリー・カールトンと
デイヴィッド・T・ウォーカー、ギターの名手二人が参加しています、左チャンネルがラリー、
右がウォーカーと言われており私も多分そうだと思いますが? …… 聴き比べもこれまたご一興。
ちなみに一部では「いとしのエリー」の元ネタとまことしやかに言われていますがその真相は・・・

短い曲ですが「The Lord Giveth and the Lord Taketh Away」は彼女のオリジナル。素晴らしい
ブルース&ゴスペルフィーリングです。63年にはジャズバンドでニューポートジャズフェスなどにも
出演したマリーナでしたが、バンドを辞めその後は小さなクラブで細々と活動。転機は66年に、
ブルース・R&B界ではよく知られるチェス・レコード(の子レーベル)と契約。上は彼女のルーツと
言えるテイクなのでしょう。彼女の名は徐々に米音楽シーンへ浸透していきます。

しかしブルースを主とするチェスでは彼女の本領を発揮させる事が出来なかったのでしょうか、
72年にジャズの名門として知られるブルーノートへ移籍、本作を含む5枚のアルバムを発表します。
彼女の絶頂期は間違いなくこの頃であったでしょう。上は「You Been Away Too Long」。
75年と言えばフュージョン(当時はクロスオーヴァー)が開花した時期、フルート他の管楽器群も
この時代ならでは。リズム隊はチャック・レイニー(b、他一名)とハーヴィー・メイスン(ds)。
レイニーはロバータ・フラックの傑作群でも活躍した事は既述。70年代フュージョンシーンを
担ったハーヴィーですが、東のスティーヴ・ガッド、西のハーヴィー・メイスンと言われる程に
当時の西海岸シーンにおけるファーストコールドラマーでした。ガッドとの相違点を挙げれば、
ややシンプル、乾いた音色(タムが特に顕著)、そして黒人特有のジャンプするグルーヴでしょうか。
しかし、どちらも素晴らしいというのは言わずもがなです。

バラードの「You」も彼女のペンによる曲で、作曲能力の高さを示しています。

マリーナは感情表現が激しい歌唱スタイルではなく、むしろ抑制を効かして歌うタイプです。
その意味では、ジャズがバックボーンにある点も含めてロバータ・フラックと似ています。
「Loving You Was Like a Party」はジャズ、ニューソウル、そしてプログレッシブの
要素までを含めた、如何にも70年代中期のクロスオーヴァー風楽曲であり、シンセも印象的。

エンディングナンバーである「A Prelude for Rose Marie~Rose Marie」。
荘厳な序章から始まる本曲ですが、本編は意外にも軽快なスウィング。しかし重厚なストリングスが
入る所など一筋縄のナンバーではありません。
男女の会話から始まり、波の音で締める。一本の映画を観ているような物語性のある作品です。
冒頭の会話はクラブの専属歌手であるマリーナが男から ” 一杯おごるよ! ” などと言われる
内容で、その流れからオープニングの「Street Walking Woman」へなだれ込みアルバムが
始まります。マリーナを劇の主人公に見立てた一種のコンセプトアルバムと呼べるかもしれません。

本作は決して好セールスを記録したアルバムではありません。しかも米本国を含め海外では他の作品
(ブルーノート移籍後初の「Marlena」など)の方が評価が高かったりするらしいです。
しかし本作は特に日本で人気が高く、09年から16年までビルボードライヴで、しかも本作の演奏陣にて
来日公演を行ったそうです。
なぜ本作が日本で人気があるのか?マリーナは抑制の効いた歌い方であり、所謂分かり易い ” 上手い歌 ”
のシンガーではありません。素晴らしい楽曲揃いではありますが、特に日本人にウケやすい、
単音のメロディが印象的な楽曲というよりも、ハーモニー・和音やリズムの重なり合いによるグルーヴが
聴きどころである作品です。
本作で検索すると、松任谷正隆さんがこのアルバムについて語っているページが出てきます。
70年代中期、本作はかなりのインパクトを与えたらしく、当時は新進気鋭の若手ミュージシャンで
あった松任谷さん達を夢中にさせたようです。つまり、決して商業的に大成功を収めた訳ではない
アルバムでありながら、松任谷さんの様な同業者や当時においてアンテナの鋭い洋楽ファン達が、
一般的には評価されづらい本作の魅力・本質を嗅ぎ取り、やがて日本のミュージックシーンを
担った松任谷さん及び年季の入ったコアなリスナー達によって名盤と語り継がれることに因り、
このアルバムが我が国において語り草になっていったのではないかと思うのです。

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