ブログの回数的には少し遡りますが、ロバータ・フラックやダニー・ハサウェイが在籍したレコード会社としてアトランティック・レコードの名がたびたび挙がりました(ダニーは子レーベルのアトコ)。50年代にはレイ・チャールズが在籍し、昨年他界したアレサ・フランクリンをはじめとして、多くの黒人ソウルシンガーを輩出しました。ロバータやダニーは王道のソウルからは別ベクトルのミュージシャンであったと思います。モータウンソウルやシカゴソウルなどと共に、アトランティックソウルという言葉があるほどにソウルミュージックの一ジャンルとされている程のレコード会社ですが、その代表格は女性なら先に挙げたアレサ、男性ならば・・・そうです、それが今回からのテーマであるオーティス・レディングに他なりません。
以前どこかで書いた記憶があるのですが、あなたにとっての男性ソウルシンガーは?と問われれば、私は躊躇なくオーティスを挙げます。さらにこれは私の勝手な思い込みですが、オーティスは米国黒人層にとっての日本における演歌の様な音楽だとおもっています。実質的な活動期間は7~8年という、決してキャリアが長かった人ではありませんが、どうしてこれほどまでに古今東西を問わず支持されているのか、駆け足ですが私なりに書いてみます。
ロバータやダニー同様に、その生い立ちから音楽的キャリアの出発点等を時系列で触れていくと初回がほぼそれだけで埋まってしまうので、それは折に触れ。上の動画は最初のヒット曲「These Arms of Mine」(62年)。本国で80万枚以上を売り上げたとされる本曲にてオーティスは世に認知されました。本曲はオーティスがバンドメンバー兼運転手を務めていたジョニー・ジェンキンスバンドの録音の ” たまたまついでに ” 録られたものだとされており、それがレコード会社のお偉方の耳に留まり、レコードデビューと相成ったとされています。しかし実際はオーティスの評判をあらかじめ聞いていて、ジェンキンスと共にオーティスのレコーディングも予定されていたというのが実際の所だそうです。とにかく驚愕するのは、これが20~21歳の青年による歌唱だという事です。シンガーでも器楽演奏者でも、10代で既に完成されているミュージシャンがいない訳ではありませんが、オーティスもその一人でしょう。
記念すべきオーティスのデビューアルバムが「Pain in My Heart」(64年)。上はそのタイトルトラック。お世辞にも都会的・洗練されているとは言えない歌唱と演奏ですが、米南部の雰囲気を赤裸々に表したのが、所謂 ” ディープソウル ” と言われる所以です。
サム・クックの大ヒット曲「You Send Me」。テイストが似ているとよく言われるサムとオーティスですが、どちらも素晴らしい事に間違いありません。ちなみに上の動画のサムネが「Pain in My Heart」のアルバムジャケットですが、これはアポロ・シアターに初めて出演した時のスナップだそうです。シンガーというより政治家の演説の様にも見えますね。
翌65年の2ndアルバム「The Great Otis Redding Sings Soul Ballads(ソウル・バラードを歌う)」はタイトル通り殆どをバラードで締められた作品なのですが、エンディング曲でシングルカットされた上の「Mr. Pitiful」は軽快なナンバー。カヴァーの方が多い本アルバムにおいて、本曲はオーティスとギタリスト スティーヴ・クロッパーによるオリジナル。
もう一曲はバラードを。ジェリー・バトラーやカーティス・メイフィールドが在籍した事で知られるインプレッションズのナンバー「For Your Precious Love」。これが20代前半の若者による歌唱とは …
「ソウル・バラードを歌う」はR&Bチャートで3位まで昇り詰め、オーティスの人気を決定的なものとします。ここから畳みかけるようにその快進撃が始まるのですが、その辺りは次回以降にて。