ドリーム・アカデミーがピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアによるプロデュースを
受けてデビューしたという事は前回述べましたが、ギルモアによってその才能を見出された人と言えば
彼女を挙げずにいられません。
天才・鬼才・奇才という表現があまりにもしっくりくる女性ミュージシャンの筆頭ではないかと
思います。その名はケイト・ブッシュ。上は彼女のデビューシングルにて全英No.1となった
「Wuthering Heights(嵐が丘)」(78年)です。
親が医者で裕福だったとか、11歳からピアノを始めたとかは日本版ウィキにありますので
そちらをご参照を。今回調べていて初めて知り納得がいったのは、彼女が空手を習っており
(兄のジョンは空手家)、時折発する奇声は空手の気合であり、またデビュー作の
ジャケット等における日本風のコスチュームはそれに由来するものの様です。
そのレコードジャケットに関して、「嵐が丘」や1stアルバム「The Kick Inside」で画像検索すると
いくつかのヴァージョンが出てきます。先ほど「嵐が丘」は78年(1月)リリースと述べましたが、
実は前年の11月に一旦は発売されたようです。しかしそのジャケットを彼女が気に入らず、
ラジオ局などへいくらか出回った分を回収し、翌年までペンディングさせたそうです。
それにしても、たかだか18、19歳の小娘の言う事に天下のEMIが従ったというのも驚きです。
それだけ期待が大きかったのか、あるいはギルモアの威光があったからか?(多分後者)・・・
「嵐が丘」は英女性作家の同名小説を基にしているそうですが、詳しくは他で検索を。
「嵐が丘」は英女性シンガーソングライターとしては初の全英1位となり、アルバムも100万枚以上の
セールスを記録します。しかしアメリカでは成功を収める事が出来ませんでした。米ラジオ局のシステム、
また彼女の美しい容姿を積極的に打ち出さなかった事などが原因ではないかと色々非難があったそうです。
日本風衣装に凧というジャケットの他に、胸元が大きく映ったバストショットのものも出てきますが、
米市場で売り込む為に後から作成されたものの様ですけれども、彼女は後にこれについて批判しています。
上はアルバムのオープニング曲「Moving(嘆きの天使)」。摩訶不思議なイントロから、
ヨーロッパ的叙情味溢れるメロディとケイトの歌で早速彼女の世界に引き込まれてしまいます。
タイトル通りこれまた不思議な曲調の「Strange Phenomena」。かと思えば一転してコミカルな
曲調の「Kite」はアルバムジャケットの元になっていると思われます。
2ndシングルで全英6位となった「The Man with the Child in His Eyes」。彼女は早くから
プロモーションビデオに力を入れており、音楽のみならずその歌詞や演劇的なステージアクトなど
全てをひっくるめてケイト・ブッシュの音楽と相成っています。ちなみに本曲は13歳の時に作り、
16歳でレコーディングされたとか。
B面のトップはこれまたガラッと変わってブギ・ロック調のナンバーである「James and the Cold Gun」。終盤では叙情的なプログレ色に染まっていきますがやはりギルモアの仕業か?
これらの曲を10代後半で一人で創り上げたというのは驚愕に値します。勿論アレンジや演奏陣の仕事に
よって出来の如何にはだいぶ違いが生じますが、ありあまる天賦の才を持った人に間違いはないです。
こうして書いていくと、どうしても同様の日本人女性シンガーソングライターと比較してしまいます。
言うまでもなくユーミンです。細野晴臣さんや後に伴侶となる松任谷正隆さん達のキャラメル・ママ
(後のティン・パン・アレー)などのサポートを受けその才能を世間へ知らしめた天才ミュージシャン。
ケイトも先述の通りデヴィッド・ギルモアやアラン・パーソンズ・プロジェクトの面子によって
そのミュージックワークを支えられ、この様な傑作をデビュー作として生み出すことが出来たのです。
私は運命論などは全く信じていないのですが、やはり才能をもっている人間は然るべき出会いなどを経て
世に出ていくのかと思わされます(勿論世に認められず埋もれた才能もたくさんありますが … )。
本作では地味な存在ですが、非常に興味深いナンバー「L’Amour Looks Something Like You」。
本作が米で売れなかった事は既述の通りですが、そのルックスをフィーチャーしなかったからだとか
色々言われていますけれども、本質はそこではなくて、この寂寥感の様なものをアメリカ人は
理解出来ないのではないかと思っています(別に米国人差別じゃありませんよ。アメリカ人の悲哀は
ブルースやカントリー&ウェスタンみたいなカラっとした悲惨さですから)。
ブリティッシュトラッドフォークは、日本の古謡・童謡に通じるプリミティヴな哀愁があります。
本作が日本で受け入れられたのはその辺りにあるのではないかと私は思っています。
「Them Heavy People」のPVを観て思うのは、せっかく美人なのにどうしてこんなキワモノ的な
メイクやパフォーマンスをするのだろうか?という事です。しかたありませんね、本人が望んで
そうしたいんですから。これら全てがケイト・ブッシュなのです。演劇的なステージ・アクトなどは
ピーター・ガブリエルの影響を感じさせます。勿論二人の間には交流があります。
タイトルトラックである「The Kick Inside」。刺激という意味にもなるらしいのですが、
この場合は文字通りの意味で、(胎児が)内側から(母親のお腹を)蹴るといった意味の様です。
その子の父親とは実の兄という、つまり近親相姦によって出来た命で、最後に主人公は自ら命を絶つような
結末を示唆するエンディングらしいです。私はポップミュージックの歌詞というものにそれ程重きを
置いていない者なので歌詞の深読みはしませんが、ギリシャ神話をモチーフにしているとか。
ただ一つ言えるのは10代の女性シンガーのデビュー作タイトル曲にて、この様なテーマを扱うことを
許した天下のEMIレコードの度量の深さ(=暴挙)への驚きです。いくらデヴィッド・ギルモアの
後ろ盾があったとは言え、やはりイギリスという国の奥深さ(=ヤバさ。誉め言葉ですよ)に感嘆します。
ケイト・ブッシュ特集はこの一回でひとまず終了します。これ以降の彼女についてはまた折を見て。