#159 In Your Eyes

今日では有名なワールドミュージックの祭典であるWOMADがピーター・ガブリエルを中心に始められたという事は前々回述べました。3rdアルバムの「Biko」などに象徴される通り、80年代に入ってからのピーターはアフリカ等の第三世界、及びそれらの国々で未だ解決されていない人権問題などに着目しました。後に世界的シンガーとなるユッスー・ンドゥールや、フランス国籍の黒人ドラマー マヌ・カチェなどは86年のアルバム「So」にて世間の注目を浴びる事となった訳ですが、ピーターが彼らを起用した背景は前述の活動が下地としてありました。

前回に続き「So」について。上はA面三曲目に収録されている「Don’t Give Up」。本曲はイギリスにおける失業問題を歌っています。00年代以降イギリスは景気を取り戻していきましたが、80年代中頃は ” 英国病 ” とも言われる、過去に行われた過度な福祉政策(ゆりかごから墓場まで。というやつ)によってまだまだ永く続いた不景気の真っ只中でした。特に若者の失業は70年代から続く深刻な問題だったそうです。デュエットの相手は言わずと知れたケイト・ブッシュ。ケイトの唯一無二の歌声が素晴らしいのは言うまでもないのですが、ピーターの歌唱も筆舌に尽くしがたいものです。その独特な音楽性や歌詞、時に奇抜とも言えるメイクやステージアクトによって見過ごされがちですが、シンガーとしての実力は並々ならぬものです。ケイトのパートが終わってピーターの歌に戻る3:20過ぎからの歌には鳥肌が立ちます。本曲はそもそものイメージとしてはカントリーバラードがあったそうですが、出来上がったものはゴスペルの要素をも含んでいる様に思えます。いずれにしても素晴らしい楽曲に変わりはなし。

A-④の「That Voice Again」はオープニングの「Red Rain」同様に快活なリズムトラックの上で哀愁感漂うピーターの歌及び世界観が展開されます。本作よりかなり前に、映画の構想と共に創られたという点においても「Red Rain」と共通しています。マヌ・カチェのドラムが秀逸過ぎます。ちなみにピーターとマヌは反アパルトヘイトに関するコンサートで知り合ったとの事。

後半で聴く事が出来るユッスー・ンドゥールの歌が印象的である「In Your Eyes」ですが、実は他にもコーラスでシンプル・マインズのジム・カーや、ピアノにリチャード・ティーの名前もクレジットされています。ンドゥールが世界的歌手となるキッカケとなった事は先述の通りですが、これはピーターの方からンドゥールへラブコールを送ったのがはじまりだそうです。ンドゥールとコンタクトを取るためには直接セネガルまで出向かねばならず(何故ならンドゥールの家には電話がなかったから)、そこでンドゥールのステージを観る事となりました。彼はその時点ではセネガルの国民的歌手となっており、そのライヴにピーターは大変感銘を受けたとの事。余談ですがこの時までンドゥールはピーター・ガブリエルというミュージシャンを知らなかったそうです。「So」への参加の約束を取り付け、いざそのレコーディングの時がやって来ます。当初ンドゥールは英語で歌おうとしたのですが、セネガルの言葉であるウォロフ語にそれを訳して即興で歌い始めました。あまりの素晴らしさにピーターがそれに加わり、とてつもなくエキサイティングな瞬間が生まれたそうです。
86年の後半から翌年まで約一年の間、ンドゥールはピーターのツアーに同行しました。ピーターはンドゥールを紹介する際に ” 素晴らしいミュージシャンを紹介します。彼はアフリカから最高の音楽を持ってきてくれました ” という言葉を用いました。ンドゥールはこれに大変感激しました。観客は最初のうちこそ ” 誰だこのアフリカ人は? ” という反応でしたが、彼の歌を聴くうちに ” もっと演ってくれ! ” 
となっていったそうです。本曲はラテンフィール、アフリカン、そしてゴスペル等の要素が良い意味でごった煮になった様なまさしく ” ワールドワイド ” な名曲です。

本曲を皮切りにンドゥールは西欧で知名度を上げ、ポール・サイモンのヒット曲などにも参加しスター街道を突き進みます。上はンドゥールのソロアルバムにおけるピーターとのデュエット曲である「Shaking The Tree」(89年)。翌90年におけるピーターの初となるベストアルバム「Shaking the Tree: Sixteen Golden Greats」のタイトルともなり再録されています。

ピーター・ガブリエルの「So」についてはまたまた次回まで続きます。

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