フィル・コリンズは51年、旧ミドルセックス州(現在のロンドン地区)に生まれます。五歳のクリスマスプレゼントにドラムセットが与えられ、そこからドラムとの付き合いが始まります。やがてドラムにのめり込み、ルーディメントと呼ばれるドラミングの基礎を徹底的に練習します。しかし当時は譜面を読む事をないがしろにしており、後年これは良くなかったと回顧しています。
フィルのドラムサウンドについてはとにもかくにもゲートリバーヴについて取り沙汰されがちですが、決してそれだけではありません。上はジェネシスの「A Trick of the Tail」(76年)に収録された「Squonk」。ドラミング自体はさほどテクニカルなものではありませんが、淡々としたパターンが続く中にゆったりとした、もしくはスピーディーなフィルインが緩急を付けて織り交ぜられており、この曲の形容しようがない高揚感を後押ししています。さらに特筆すべきはそのサウンドであり、スタジオの自然なエコーなのか、電気的なものなのか、はたまたその双方をミックスしたものなのか、この広がりのあるドラムの音色や鳴りは何十年も聴いていますが、今でも感嘆してしまいます。
当然の如くビートルズのインパクトをティーンエージャー時に受けており、前回も述べたリンゴ・スターの影響はそれに因ります。さらにドラミングに関しては元祖スピードキング バディ・リッチに傾倒したとの事で、前述した通り基礎を徹底的に練習した事と併せてあの様なテクニカルなプレイが可能になったのだと思われます。音楽的にはモータウンやスタックスといったソウルミュージックにも夢中になった様であり、この辺りはピーター・ガブリエルと共通します。もっとも折に触れ書いている事ですが、英国人のブラックミュージック好きは本国以上であり、米白人が ” 黒人のソウルとかR&Bなんて … ” と言っていた頃に、海を隔てたイギリスの若者はその虜になっていたのです。
上はこれまた大ヒットしたフィルの2ndアルバム「Hello, I Must Be Going!(心の扉)」(82年)からのシングルカットである「You Can’t Hurry Love(恋はあせらず)」。言うまでもなく初出はシュープリームスによるモータウンの大ヒットであり、フィルをはじめとして多くのミュージシャンにカヴァーされ続けているスタンダードナンバーです。私の世代(昭和45年生まれ)にはフィル版が本曲の原体験であります。役者でハマり役という表現がありますが、フィルにとっての本曲はまさに ” ハマり曲 ” であったと思います。ちなみに以前にも書きましたが、この大ヒットを皮切りに80年代前半から中頃にかけて本曲に代表されるモータウンビートのリバイバルが興ります。ホール&オーツ「マンイーター」、ビリー・ジョエル「あの娘にアタック」、カトリーナ&ザ・ウェイブス「ウォーキング・オン・サンシャイン」、そして本家本元であるスティーヴィー・ワンダーによる「パートタイム・ラヴァー」など。日本においては桑田佳祐さん作で原由子さんによる「恋は、ご多忙申し上げます」が極めつけでしょう。
前回フィルのキャリアはジェネシスのドラマーとして始まる、と書きましたが実を言うとこれは正確ではありません。ジェネシスの前にフレイミング・ユースというバンドに在籍し、一枚だけですがアルバムも残しています。そのバンドの名前は昔から知っていましたが、白状すると聴いたのは今回が初めてです。もっとも80年代はとても手に入りませんでしたからね。今はこんなレアな映像も容易に観る事が出来るのでとても良い時代です。上のフレイミング・ユースの動画は当然口パク・当て振りでしょうが、若きフィルを、髪の毛がふさふさのフィルを見る事が出来る貴重なものです・・・
━(# ゚Д゚)━ 謝れ!フィルに、全国の〇ゲに謝れ!!(オマエもな … )
ドラマー、もしくはある程度音楽に詳しい方は気が付かれたかもしれませんが、フィルのドラムセットは通常と左右が逆、つまり左利きです。ディープ・パープルのイアン・ペイスと共に左利きドラマーの代表とも言えるフィルですが、私は左利き用セットがそのプレイに与える影響は全くないと思っていますのでこれには言及しません。それよりも興味深いのは、本動画においてライドシンバルをシンバル面に対して垂直に(上下の往復で)叩かず、斜め45度位から左右に振り子の如く叩くショットが確認できる事です。これはリンゴ・スターがよく演っていたプレイスタイルであり、決してドラムの教科書的には良い奏法ではないのですが、リンゴ独特のグルーヴを醸し出す一因なのではないかと私は思っています。フィルのリンゴへ対するリスペクト具合が伺い知れる映像です。
ピーター・ガブリエルがジェネシスを離れた後、当然バンドはピーターに代わるヴォーカリストを探します。ところがピーターの離脱が世間にアナウンスされたのと実質的な脱退時期にはタイムラグがあり、バンドはピーターが抜けた事を伏せながら新ヴォーカリストを募集しました。新聞広告も打ったそうであり、そこでは ” 当方ジェネシスタイプのバンド、ヴォーカル求む ” としたとの事。何人かオーディションをしましたが、これは!という人材に当たる事はなく、結局は以前からヴォーカルを取っていたフィルで良いだろう、という消去法的な決まり方だったそうです。人生というのは全く何が起こるかわかりません。それが彼らを世界的なバンドへ押し上げる要因の一つとなったのですから。
上は最初の動画である「Squonk」と同じくピーター脱退後初となるアルバム「A Trick of the Tail」より「Mad Man Moon」。「月影の騎士」あたりに収録されてピーターが歌っていてもおかしくはない楽曲ですが、これはフィルの方が適役であったでしょう。前回取り上げた「モア・フール・ミー」と同様に、彼のソフトな歌唱によってバンドの新境地を切り開いています。新生ジェネシスの到来を告げ、新しきメインヴォーカリスト フィル・コリンズの魅力を余すことなく伝える名曲です。
余談ですが、ピーターが抜けた事によって「A Trick of the Tail」からバンドのセンチメンタリズムが増したと言うのは正確ではなく、「月影の騎士」ではピーター以外のメンバー(特にトニー・バンクス)の発言力が強くなって「月影の騎士」はあの様に洗練されたものに一旦なったのですが、「幻惑のブロードウェイ」でピーターが独走してしまった為、かくの如く「幻惑のブロードウェイ」はシュールな作風に戻り、そしてピーターが去って「月影の騎士」を踏襲、というよりも更にロマンティックな側面を推し進めた作品が「A Trick of the Tail」である、というのが正確な所です。
次回、フィル・コリンズその3へ。