フィル・コリンズその4。今回はドラマーとしてのフィルに焦点を当てて書いていきます。
80年代以降のドラミングしか知らない人にとって70年代のそれはかなり刺激的なものです。
当時におけるジェネシスの、というよりも彼らがカテゴライズされる英国プログレッシブロック全体が
そうであったのですが、ジェネシスもテクニカルな方向へと突き進んでいました。
フィル・コリンズ特集であるのに動画のサムネはピーター・ガブリエルとベースのマイク・ラザフォード
であるのは致し方ありません。当時のフィルはスポットライトが当たる存在ではありませんでしたから。
上は72年ベルギーでのTVショーの映像。ベルギーはジェネシスがブレイクするきっかけとなった国です。
本国でもパッとしなかった彼らだったのですが、突如ベルギーをはじめとした英以外での欧州各国にて
彼らの人気が高まり、それにつれて本国でもジェネシスに注目が集まったのです。
上は「Nursery Cryme(怪奇骨董音楽箱)」(72年)のエンディングナンバーである
「The Fountain of Salmacis(サルマシスの泉)」からアルバム未収録である「Twilight Alehouse」
へのメドレー。当時におけるジェネシスの音楽性に伴いフィルのドラミングも16ビートが主体です。
楽曲展開がコロコロ変わるものが多いのでプレイも目まぐるしく変化します。そしてプログレッシブロックにおいて切っても切れないものが変拍子。当然フィルも変拍子を得意とするドラマーでした。
余談ですがこの頃の映像を観るとフィルは下を向いて一心不乱に叩くクセがあったようです。
変拍子や同一曲内におけるリズムの変化が顕著である楽曲として先ず思い浮かんだのがコレです。
ジェネシス74年の二枚組大作「The Lamb Lies Down on Broadway(幻惑のブロードウェイ)」に
収録の「In the Cage(囚われのレエル)」。
タンタタタンが2回続くリズムである6/8拍子と、ドンタンが3回の6/4拍子が混在するパートが
リズムトリックとでも呼ぶべきこのフレーズは所謂 ” ポリリズム ”(複合リズム)になっています。
タンタタタンタンタタタン(6/8拍子)
ドンタンドンタンドンタン(6/4拍子)
こちらもリズムトリックの一種を聴くことが出来る「Duke’s Travels~Duke’s End」。
前回も取り上げた80年の傑作「Duke」におけるエンディングナンバーである本曲では、
タンタタタンタンタタタン(6/8拍子)
タッタタッタタッタタッタ(4/4拍子における三連の中抜き、所謂 ” シャッフル ” )
というポリリズムが見事な効果を上げています。特にシャッフルビートでは力強い、ともすれば
アフリカンビートの様な感じも受けます。ピーターが抜けてからこの様なよりインパクトのある
ビートが強調されました。前回も書きましたが本作はゲートリバーヴが用いられる直前の
ドラムサウンドでありますが、私はこの頃におけるフィルの音色が一番好きです。
余談ですが本曲はコンセプトアルバムである「デューク」を締めくくるラストとして素晴らしい
内容、というよりも本曲があるからこそ「デューク」は傑作になったのです。
荘厳な導入部から先述した力強いタムタムの連打と雄大な6/8拍子が同居するパート、
4:40辺りからタイトな曲調及びビートへと展開し、そしてAー③の地味な小曲であった
「Guide Vocal」が見事なまでにドラマティックな再演がなされ「Duke’s Travels」は一旦完結。
ほっと息をついたのもつかの間。「Duke’s End」はオープニングの「Behind the Lines」が
よりハードにリプライズされ、感動のフィナーレへと向かいます。何度聴いてもこのパートは
身震いがします。ちなみに上の動画では「Duke’s Travels」と「Duke’s End」の境目が
少しかぶっていて本来とは異なります。是非アルバムを丸ごと聴いてみてください。
変拍子でもう一曲。73年の名作「月影の騎士」から「The Cinema Show」。ヴォーカルパートに
おけるミディアムテンポの16ビートも心地良いものですが、圧巻はインストゥルメンタルパートに
移ってからの7/8拍子です。7拍子としてはオーソドックスな4+3の構成ですが、
それが楽曲と違和感なく見事に溶け込んでいます。変拍子はとかくテクニカルさが際立ってしまい、
” 凄いなあ~ ” とは思っても ” 良い曲・気持ちの良いリズムだな~ ” と感じる事は少ないです。
本曲はその稀有な例の一つ。本当に難しいのはこういうアレンジ及び演奏だと思います。
また本ドラミングではフィルの特徴であるダイナミクスの妙を味わう事が出来ます。具体的には
アクセントの付いたスネアショットと囁くようなストローク、所謂 ” ゴーストノート ” というやつです。
聴こえるか聴こえないか、という程の軽いストロークによるスネアショットですがこれがリズムを
ドライヴさせる、俗に言うグルーヴ感を出す秘訣です。別にフィルの専売特許という訳ではなく
プロアマ問わず多くのドラマーが行っている事ですが(ジェフ・ポーカロ回#64等ご参照)、
フィルもこのテクニックが非常に巧みです。おそらくは彼が夢中になった60年代のソウルミュージック等で
プレイされたシェイクなどのリズムが元になっているのでしょうが、フィルやビル・ブラッフォードなど
イギリスのプレイヤーは、米のジャズフュージョン(当時で言う所のクロスオーバー)なども
貪欲に取り込み、英国風ジャズロックとでも呼ぶべき演奏スタイルを確立しました。
本曲はジェネシスによって重要なライヴナンバーであり、コンサートのハイライトで演奏されます。
フィルがヴォーカルを取るようになってからは、かつてウェザー・リポートにも在籍した凄腕ドラマー
チェスター・トンプソンがツアーサポートを務めますが、本曲における7/8拍子のパートでは
見事なツインドラムがお約束になっていました。
77年の二枚組ライヴ盤「Seconds Out」では、本パートにおいて先述したビル・ブラッフォードとの
ドラムデュエットを聴く事が出来ます。当時ブラッフォードは一時的にどこにも所属していない時期であり、ジェネシスのツアーに同行していました。同じプログレ界の先輩ドラマーとしてフィルは
ブラッフォードを尊敬しており、この時是非参加して欲しいと声を掛け実現したそうです。
同じくライヴアルバムである「Three Sides Live」(82年)ではメドレーの中の一曲として
演奏されていますが、前述した「囚われのレエル」から「シネマショー」へのつながりは本当に見事で、
チェスターによるツーバスの連打から本曲へ移行する所は何度聴いても鳥肌が立ちます。その後の
二人のツインドラムが素晴らしいのも言わずもがな。とどのつまり何が言いたいのかとするなら、
スタジオ版、「Seconds Out」版、そして「Three Sides Live」版の全てが名演だという事です。
ハッ!(゚Д゚;)!! またこんなに書いてしまった・・・フィルの使用機材やゲートリバーヴについてまで
述べようと思っていたのですが、それは次回フィル・コリンズその5にて。