#166 Phil Collins_5

前回に引き続き、今回もドラマー フィル・コリンズに焦点を当てて書いていきます。

上は92年における『We Can’t Dance Tour』ツアーの模様を収録した「The Way We Walk」より
恒例になっているチェスター・トンプソンとのドラムデュエット。
フィルの使用機材は80年代に日本のパールを使った時期もありましたが、その前後ともにグレッチの
ドラムがメインです。本コンサートでもグレッチを使用しているのが確認出来ます。
何と言ってもその特徴はシングルヘッドタム。通常表と裏に張っているドラムヘッドを表面にしか
使用しないというもの。裏面のヘッドが無いので当然ヘッド同士の共鳴が無くなり、
サスティーンが殆ど無くヒットした時のアタック音がより強調、というよりもそのアタック音のみと
言っても過言ではありません。大昔であればとても楽器としては成り立たないものだったでしょう。
悪く言えば ” てんてんてんまり ” の如くチープな太鼓の音にしかならなかったのですが、
レコーディング環境やPA機器の発達により聴くに堪えられる楽器となりました。
厳密に言えばピンク・フロイドのドラマーであるニック・メイスンなどはかなり早い時期から
使用していましたが(コンサートタムというシングルヘッドドラム。「狂気」に収録された「タイム」の
冒頭で聴くことが出来る ” あの ” ドラムです)、シングルヘッドがトレードマークの様になった
ドラマーとしてはフィルがその筆頭でしょう。
シングルヘッドを使うようになったのにはその伏線があり、それはロートタムというドラムです。
太鼓の胴体を無くし、金属製のシャーシー(ドラムヘッドを装着する為の枠)にヘッドを張り、
殆どアタック音だけの打楽器なのですが、70年代において本器が世にお目見えしました。
それを普及させた立役者は何と言ってもビル・ブラッフォードです(#20~21ご参照)。
「トリック・オブ・ザ・テイル」のツアーでフィルがロートタムを使用している画像が確認できます。
さらには同ツアーでブラッフォードがドラムをプレイしているのも。間違いなくブラッフォードに
感化されたのだと思います。ちなみにネットで検索すると相当昔に、ロートタムを生み出したレモ社の
パンフレットでフィルとチェスターがロートタムと共にその表紙を飾っているものが出てきます。
このパーカッシヴでインパクトのある音色からシングルヘッドタムの起用と相成ったのでしょう。
ではいつ頃からシングルヘッドを使用するようになったのかというと、あくまで私がググった限りですが、
ピーター・ガブリエルが在籍していた「幻惑のブロードウェイ」のツアーでは普通に裏面もヘッドを
張っているのが確認出来ますが、ピーター脱退後のツアーでは前述した通りロートタムも用いながら、
ベースドラム上にマウントされた通常のタムタムの裏面にヘッドが張られていない画像が出てきます。
もっともハイハットの右側(フィルは左利きなので右利きで言えばセットの左サイド)には裏面にヘッドを
張ってあるタムも確認出来ます。この頃から音色への探求が始まったのではないかと私は睨んでいます。
また何よりも「トリック・オブ・ザ・テイル」においてロートタム独特のピッチを変えながら音を出し続ける
というプレイが聴けますので本作で使用しているのは間違いありません(ロートタムは本体を回すと
チューニングを変える事が出来ます)。

上は「トリック・オブ・ザ・テイル」のオープニングナンバー「Dance on a Volcano」と、
エンディングを飾る「Los Endos」。この頃はまだ基本的にダブルヘッドのタムを使用していますが、
部分的にロートタムやコンサートタムらしき音を聴くことが出来ます。

フィルがメインで使用しているシンバルはセイビアンです。彼が使い始めた頃はまだ設立されたばかりの
新興メーカーでしたが、やがてジルジャンやパイステといった老舗と並ぶ三大シンバルメーカーの
地位を獲得します。フィルはその発展に貢献した立役者の一人です。
日本版のウィキにはジルジャンの方がセイビアンより音が柔らかい、とあるのですが、私は全く逆の
印象を抱いています。勿論両社全てのシンバルを試した訳ではありませんけれども、クラッシュシンバルに
ついて言えば、同じシンクラッシュ(シンバルは厚みの順にてシン・ミディアム・ヘヴィーと
区分けされるのが一般的)を叩き比べた印象は、ジルジャンは良くも悪くも ” 金物 ” といった感じがあり、
セイビアンのクラッシュはジルジャンよりも金属音が抑えられ、” スッ ” と衝撃音が消えていく
印象があります。当然ドラム本体やギターなどと同様に個体差があるのは言わずもがなですが。

フィルのドラムにおいて絶対に切り離せないのがゲートリバーヴの存在です。80年代のドラムサウンド、
というよりもその音色によってポップミュージック自体を変化させてしまったと言っても良いほどです。
人によってこの音色が好きか嫌いかは分かれる所でしょう。率直な所、私も基本的にはドラム本来の
ナチュラルなトーンの方が好きです。しかしこれだけ一大ムーヴメントを巻き起こした事象を
無視するのは無責任であります(別に責任なんてネエだろうが・・・)。
上は3rdソロアルバム「No Jacket Required」(85年)のオープニング曲である「Sussudio」。
「No Jacket Required」は全米だけで1200万枚以上を売り上げ、英米を含め9か国で
アルバムチャートの一位に輝くというお化けの様なアルバムでした。さながら世界はフィルを
中心に回っているのではないかという程に。
リアルタイムで当時を体験したから言えますが、当時日本の洋楽関連番組ではフィルの姿や話題が
上らなかった週はなかったと断言出来ます。と言ってもその頃の洋楽番組なんてベストヒットUSAと
MTV位でしたけどね・・・・・

ゲートリバーヴと一口に言っても実はそのサウンドは様々です。ピーター・ガブリエル回で言及しましたが、
ゲートリバーヴドラムサウンドが初めて世にお目見え(お耳聴え?)したとされる「Intruder(侵入者)」(#155ご参照)や、#162でも触れたフィルの大出世曲である「In the Air Tonight」などは
同一のものではありません。ゲートタイム(リバーブを切る迄の時間)の設定やリバーブの種類などで
様々なサウンドが表現出来るようです。その中で私が ” これぞゲートリバーブドラムサウンド ” と思う典型が
上の「Don’t Lose My Number」。やはり「No Jacket Required」に収録された本曲のドラムサウンドは良くも悪くも80年代を一世風靡したサウンドの ” ひな形 ” の様なものだと思っています。
「侵入者」や「In the Air Tonight」よりも、よりゲートタイムが短くタイトなスネアサウンドが
” ザ・ゲートリバーブ ” と呼ぶべきものです。もっとも「侵入者」はベースドラム、「In the Air Tonight」はタムタムの方がより印象的なのですが・・・・・
フィルとピーターの間にゲートリバーヴを生み出したのは自分だ、という考えの相違、ちょっとした
わだかまりがあるという事は#155で既述ですが、客観的に見るとやはりこの音はフィルとエンジニアの
ヒュー・パジャムが創ったものだと言って差し支えないでしょう。ただしピーターにはこの音に
いち早く興味を示し、自身の作品で公にしたという功績があるがあるのは言うまでもありません。

しつこい様ですがこのゲートリバーブサウンドが80年代のドラム、ひいてはポップミュージックに
変革をもたらした(もたらしてしまった)という事は紛れもない事実です。しかし良しとするか
否かは意見が分かれます。勿論これだけではなくデジタルシンセサイザーやリズムマシン・
シーケンサーの登場、エフェクターを多用したギターサウンドなども全てひっくるめて
80年代のポップミュージックが形成されたといったところが正確なのですけれども。
しかし興味深いのは90年代半ば頃からこれらを一切もしくは極力排したサウンド、
エコーが殆ど効いていない生々しい音色、そして煌びやかなシンセなどは
全く用いないワイルドかつ朴訥なサウンドが復興したようです。私は殆ど知らないのですが
クランジロックと呼ばれるものなどが。もっともこれも人の好き好きですけれども・・・・・・・・・

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