#216 Tiny Dancer_2

エルトン・ジョンが71年に発表したアルバムが「Madman Across the Water」。
「Tiny Dancer」は本作のオープニングナンバーとして収録されています。
前回でも少し触れましたが、本作からの第二弾シングルとしてリリースされます。
しかし当時のチャートアクションは全米41位と、お世辞にもヒットと呼べるものでは
ありませんでした。
しかし現在ウィキペディアを見ると、RIAA(全米レコード協会)で3×プラチナに認定、
つまり300万枚以上売れていることになります。これ如何に?
上は本曲のオフィシャルPV。スマートフォンを持っている人物が登場しているあたりから
わかる通り、だいぶ後年、というか最近になって作られたものでしょう。
個人的にはお世辞にも出来の良い映像とは思いません……… あっ、余計な事を!Σ(•̀ω•́ノ)ノ

結論から言ってしまうと、発売当初はさほど話題にならなかったにも関わらず、時間を経るにつれて
評価され売れ続けてきたという事です。
RIAAのサイトにて本曲の認定履歴を検索すると(みなさんはこんなことをしてるヒマが
ありますか?!(*´∀` ) … )、ゴールド(50万枚)が05年5月、プラチナ(100万枚)が11年8月、
そしてトリプルプラチナが18年4月となっています。
ちなみに本国イギリスでは60万枚のプラチナ、オーストラリアでも50万弱のセールスを
記録しています。

基本的には本曲が持つ魅力・素晴らしさが世に浸透していった結果だと私は思っていますが、
世間的には本曲が巷に知られるきっかけとなったのがある一本の映画によってとされています。
00年に公開された「あの頃ペニー・レインと」。生粋の映画オンチである私もその名前くらいは
聞いたことがあります。その邦題からロックミュージックに何かしらの関係がある
ストーリーなのだろうという想像もできます(もっとも原題は違いますが … )。
上は本曲が効果的に使われる部分。険悪な雰囲気に陥ったツアー中のバンドが、
本曲によってまた一体となる、という場面だそうです。

本曲は所謂 ” 詞先 ” と呼ばれる歌詞が先に出来上がり、曲は後から書かれたもの。
もっともエルトン&バーニーに関してはほとんどが詞先だったらしいです。
70年夏に渡米し、西海岸のツアーでブレイクする直前の頃を思いバーニーが書いたと
言われています。
有名な話ですが、歌詞に出てくる ” L.A. レディー ” とは後にバーニーの妻となる女性である
マキシン・フェイベルマンの事。L.A. に着き、新天地で見たもの・感じた事が歌詞中に
ちりばめられています。” seamstress for the band(バンドの衣装係)” という歌詞が
出てきますが、これももろに彼女を指しています。エルトンの衣装をコーディネートしたり、
お針子さんとして衣装に細工をしたりしていた現地の女性だったのです。
ちいさなダンサーとは歌詞中に出てくる砂の上で踊るバレリーナの事であり、
それもマキシンを表しているのは言わずもがなです。
要はこの歌詞、バーニーの ” のろけ ” であり、出会った頃を回想して創ったものです。
ですから本歌詞には社会へのメッセージ性であるとか、非常に高度で難解な宗教観であるとか、
そういうものは一切含まれていません。非常に単純なラブソングなのです。
私はポップミュージックにおいて、歌詞に重きは置かないのですが(作詞家には失礼ですが … )
本曲はこの歌詞で全く良いと思っています。名曲の歌詞に必ずしも深い意味が潜在していなければ
ならないなどということは決してありません。
以前にも書きましたがバーニーは感覚で書く人であり、意味はあまり無いことが多いらしいです。
「Take Me to the Pilot」などがその最たるものであることは既述です(#210ご参照)。

Blue jean babyブルー・ジーン・ベイビー)
L.A. lady(LAのお嬢さん)
seamstress for the band(バンドの衣装係)
Pretty eyed(可愛い目をした)
pirate smile(いたずらっぽい笑顔)

ただ単に言葉の羅列ですが、美しくかつ心地よい響きです。音韻学などの見地から研究すれば
ひょっとして何か人間の耳にとって、良い響きとして聴こえる秘密があるのかもしれません。
エルトンはバーニーから歌詞を受け取ってすぐに曲を付けたと言われています。
出来上がった
曲を聴いたバーニーは、これほどまでに自分のイメージ通りの曲を
付けられるものなのかと
驚嘆し、あらためてエルトンの才能に感服したそうです。
もちろんそれは一緒に過ごした 
L.A. 時代、そしてバーニーとマキシンをよく知る
エルトンだからこそだったのでしょうが。
上の動画はBBCのTV番組である ” Old Grey Whistle Test ” でのもの。
前にも書いた記憶があるのですが、それが第何回だったか忘れちゃったのでもう一回書きます
(200回以上書いているから仕方ないですよね (*•ω•*)・・・・・・・・・・・
・・・・・ホント、誰も読んでないのに200回以上も・・・・・。 ゚(゚´Д`゚)゚。)
英音楽出版界のオフィスがひしめく界隈にあるホテルで働くベルボーイやドアマンといった、
言い方は悪いがお世辞にも音楽的素養があるとは言えない彼らに、ソングライターは
出来上がった曲を聴かせ、彼らが一度聴いただけでそれを口ずさめる事が出来たらその曲は
売れる、とされていたそうです。つまりそういう人たちでも覚えやすいフレーズ、
キャッチーなメロディであるかどうかが判定できるテストだという訳です。
ちなみに今日のホテルマンは若い人もいっぱいいると思うのですが、この頃のイギリスでは
みな白髪まじりの年寄ばっかりだったのでしょうか?・・・・・

マキシンは出来上がったばかりの本曲をトライデントスタジオにて、傍らにエルトンそして
バーニーというシチュエーションで聴き、鳥肌が立ったと回顧しています。
名曲が誕生した瞬間に立ち会うことが出来た、非常に幸福な女性です。
70年の夏にL.A. にて出会い、翌年、つまり本曲が誕生した71年にバーニーとマキシンは
結婚する訳ですが、二人の邂逅から結ばれるまでを見事に切り取った歌詞が、
この様な稀代の名曲に乗せられるというのは、ある意味世界中で最も恵まれた女性の一人で
あったのかもしれません。
もっともその五年後の76年に二人は離婚するんですけどね …………( ̄▽ ̄;)・・・

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