#228 Candle in the Wind

クリスマスが近づいてきました。恋人たちの性 … もとい聖なる夜などともてはやされ、
彼氏彼女のいない若者たちにとって忌まわしいばかりの日ですが、この時期になると
やたら巷で流れるのがクリスマスソングと呼ばれるもの。
人によって様々でしょうが、世界的にクリスマスソングと認識されているのは「ホワイト・クリスマス」
これに尽きるでしょう。特にビング・クロスビーによる録音がよく知られています。
クロスビーによるこの曲は、シングルレコード・CDとして最も売れたものと永らくされてきました。
ある曲が登場するまでは・・・・・

97年8月31日、ダイアナ・フランセス・スペンサーという女性が不慮の死を遂げました。
言わずと知れたダイアナ妃です。世界中がその早すぎる死を悼み、悲しみに包まれました。
エルトン・ジョンもその一人です。

あまりにも有名な映像で説明不要かもしれませんが、上はダイアナの葬儀にてエルトンが
歌った ” Candle in the Wind/Goodbye England’s Rose ” の模様。
その後すぐに「Candle in the Wind 1997」としてリリースされ瞬く間に世界中でチャートの1位に
昇りつめ驚異的なセールスを記録しました。列挙しようとしましたが25ヶ国に及びますのでやめます …

エルトンファンはもとより、ある程度洋楽に精通している人なら周知の事ですが、本曲は73年の
アルバム「Goodbye Yellow Brick Road」に収録された「Candle in the Wind」のリメイクです。
ダイアナへの追悼版が創られた経緯は諸説あるのですが、日本版ウィキではエルトンはそのつもりではなく
作詞家 バーニー・トーピンに電話を掛けただけのところがバーニーは歌詞を書き直して欲しいという
依頼と勘違いして結果的に本曲が出来上がったとあります。
なにが正しいのかは藪の中ですが一応英語版のウィキを信じるとすれば、元々チャリティー活動などを通じて
良き友人であったエルトンとダイアナ。そのダイアナの死に対して何か敬意を表したいと考えたエルトンの
所にヴァージンレコード創業者であるリチャード・ブランソンから、セント・ジェームズ宮殿には
「Candle in the Wind」の歌詞を引用したお悔やみがたくさん寄せられているようだ、歌詞を書き直して
ダイアナの葬儀で歌ってはどうだ?という打診がなされたそうです(エルトンの自伝に記述されている
そうなのでこれが真実なのでしょう)。エルトンはスペンサー家(ダイアナの元嫁ぎ先、つまり
チャールズ皇太子側)へのそれに関するお膳立てはブランソンがしてくれるならと、バーニーへ
連絡を取りました。バーニーは ” Goodbye England’s Rose ” の節が浮かぶとその後はすんなり
歌詞が出来上がっていた、と語っています。
エルトンはジョージ・マーティンへストリングスとフルート・オーボエのアレンジに関する助力を願い、
プロデュースをマーティンがする事となりました。
ここで一旦時系列を整理してみます。ダイアナが亡くなったのが8月31日、その葬儀が9月6日、
英でリリースされたのが9月13日。その間隔はそれぞれ一週間程度です。8/31~9/5に
歌詞が書かれ、同時にエルトンの中でどのように演るかが練られて葬儀での演奏となり、
またほぼ同時進行でレコーディングもなされたのでしょう。もっとも本シングルはリリースされた直後で
あった「Something About the Way You Look Tonight」(9月8日発売)に急遽カップリングして
両A面シングルとして13日に発売され直したものです。いずれにしても短期間の間に様々な事が
なされたのです。よくこれだけの大物全員の都合があったものだな?と思いますが、というよりは
全てを後回しにしてでも皆が本曲を最優先した、といった所だったのかもしれません。

葬儀での演奏はエルトンの歌・ピアノ、そしてシンセが途中から被ってきます。これは所謂口パクでは
なくちゃんとこの場で演奏したものでしょう(シンセは後ろで誰かが弾いて)。
私は歌や演奏に過度な思い入れが込められる事を良いと思いません。音楽を含むすべての表現は
基本的に理性が優先されるものであり、あまりに感情過多なものは聴いていて苦しいものです。
それでもあえて言いますが本演奏におけるエルトンの歌は素晴らしすぎます。レコーディングされた
ものよりこの葬儀における歌の方が秀逸です。これはもちろんエルトンのシンガーとして実力の
高さによるものですが、琴線に触れるその歌声はダイアナへの想いが宿っているからでもあります。

ちなみにダイアナへの追悼版である「Candle in the Wind」をエルトンが公式に演奏したのは、
本葬儀によるものただ一度だけ。07年に催されたダイアナメモリアルコンサートにて、ダイアナの
息子たちから頼まれてもそれを拒んだそうです。
エルトンにとってこの歌がどれだけ特別であるかを物語るエピソードの一つです。

随分長くなってしまいました。歌詞を書き直した、とある通り73年のオリジナルは歌詞が異なり、
もちろんダイアナの事を歌ったものではありません。
次回は初出の「Candle in the Wind」についてです。
それにしても今回この当時の経緯について調べてみると、思ったより感動的な話でした。
冒頭のふざけた枕は要らなかったかな?と思うほど ……… じゃあ消せよ (*´∀`;)・・・・・

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