#88 Remain in Light

伝統的アフリカ音楽において、中心となる楽器は打楽器であると言って差し支えないでしょう。勿論、弦楽器や笛、カリンバ(親指ピアノ)などもありますが、ジャンベに代表される太鼓類が最もポピュラーだったようです。西洋に比べると、音階(特に複音)を奏でることが出来る楽器が未発達、また入手しにくいなどの要因もあってか、その音楽はリズム中心というベクトルに向かっていったと考えられるのでないでしょうか(ただし、アフリカにもハーモニー・和音の概念を持った音楽を操る部族もいたという話もありますが、その辺まで突っ込むと際限がないので割愛)。

デヴィッド・バーン率いるトーキング・ヘッズによる80年発表のアルバム「Remain in Light」。ポップミュージックにおいて、『リズム』、とりわけアフリカン、そしてそれを源流としたであろうアメリカのファンクミュージックを殊更前面に押し出し、さらにそのエッセンシャルを極限まで抽出して、それまでの如何なるミュージシャンとも異なるアプローチでもって表現した作品です。プロデュースはブライアン・イーノ。前回の最後で取り上げた、前作「Fear Of Music」(79年)の「 I Zimbra」にてその予兆は見え始めていました。

ポリリズムという音楽用語があります。パフュームのヒット曲のおかげで世に知れるようになりましたが、こんな言葉は楽器、特にドラム・パーカッションでも演っていなければ昔は「ナニそれ?美味しいの?(゚Д゚)?」と言われる用語でした。”複合リズム” のような意味ですが、4/4拍子に3拍のフレーズを組み込んだトリッキーなものから、単純なものまで色々あります。考えようによってはセットドラムで演奏される単純な8ビートも、複数の打楽器類(ベースドラム・スネアドラム・シンバル)から成るポリリズムと言えます。先述の通り、ハーモニー・和音の概念がなく、メロディーも決して洗練されたものではなかったアフリカ音楽が特化していったのが、ポリリズムを含む『リズム・ビート』だったのでしょう。
70年代にロック・ポップスはある意味行きつくところまで行ってしまった、旋律・和声・リズム・アレンジ・その他諸々の全ての点において煮詰まってしまったのではないかと思います。これ以上高度・複雑化してその先に何があるのか?(進化を追い求めるのが決して悪いとは断じて思いませんが)70年代後半、それらに反旗を翻すような形でパンクムーヴメントが興った事は既に述べましたが、パンク自体は1~2年で収束してしまいました。その流れの続き、変な言い方をすればパンクの残党がニューウェイヴというジャンルを創りあげていったというのは前回書いた通りです。それらの中からブライアン・イーノ及びトーキング・ヘッズが着目したのが『リズム』、プリミティブなアフリカ起源のポリリズムに代表される様な、一定であり、かつ複数のリズム・ビートの交差からもたらされる躍動感・高揚感だったのです。

本作は基本的にワンコード、メインのメロディ(=バーンの歌)も極論すればあってないようなもの(もっともバーンのヴォーカルはむしろ主旋律以外で変化を付けることに寄与しています)。オープニングナンバー「Born Under Punches (The Heat Goes On)」は本作のコンセプトを最も象徴するものです。各楽器は全て一定のリフ・パターンの繰り返し(中間部のエイドリアン・ブリューによるギターシンセでのソロは除く)、演説の様なバーンの歌、これまでのポップミュージックの定石をひっくり返すような楽曲です。一般的な”Aメロ→Bメロ→サビ”の様な展開、循環進行などを全く無視しています。しかし何でしょう、この不思議なテンション・高揚感は。各パートによってひたすら、執拗といってよいほどに奏でられるリフレインは、甘美なメロディやハーモニーに勝るとも劣らない魅力を醸し出す事に成功しています。リズム・ビートの交錯によって生まれる何かが、人が根源に持っているであろう本能の様なものに訴えかけているのではないでしょうか。”And the heat goes on!…” の動的なバッキングヴォーカル(掛け合い)と、多分バーン自身の多重録音による ”All I want is to breathe・・・” の優しく、かつ物悲しくもあるコーラスの混在は、見事なまでに静と動のコントラストを表現しています。

2曲目の「Crosseyed and Painless」。オープニング曲と同系統の楽曲ですが、こちらの方がややファンク色が強いかも。本作で特筆すべき事項の一つとして、アフリカンミュージックを表現するからといって、民族楽器などを使っている訳ではないということ。コンガ・ボンゴ・クラベスといったラテンパーカッションは使用していますが、普通のロック・ポップスでもこれ位のパーカッション類は使います。ベース・ドラム・シンセサイザー、そして、サポートギタリストであるブリューに至っては先述の通りギターシンセなど、およそプリミティブな音楽には相応しいとは思えない、当時としては最先端の楽器を使用しています。形から入るのも一つの手ではありますが、やはり大事なのは本質を捉える事。アフリカの伝統・民族楽器を使用せずとも、そのエッセンスであるポリリズミックなビート、コール&レスポンス(掛け合い)、躍動感あふれる踊りのような動的フレーズと、アフリカの大地における厳しい生存環境、しかし時には慈愛に満ち溢れた優しい大地を表現するような静的メロディ、これらを現代の一般的な楽器類によって表現する事に成功した稀有な例であり、それが本作を傑作たらしめている要因の一つでしょう。日本的なロックを演ろうとした場合、和太鼓や大正琴を持ち出してくれば良いかというと、決してそういうものではないでしょう。”じゃあ、日本的ロックって何?” というのはまた別の機会に・・・

3曲目である「The Great Curve」。やはり1・2曲目とカラーを同じくするもの。アナログ盤ではここまでがA面、つまり片サイドは同系統の楽曲で固められています。本作では最もアップテンポのアグレッシブな楽曲。後半におけるブリューのギターソロが印象的です。彼としては割と”普通の音色”で弾いています。ちなみにグレートカーブとは女性の腰・おしりを意味しているとか。人類の起源はアフリカにあるといいますが、これも母なる大地アフリカを表現したのかもしれません。

長くなるかな…、とは思っていたのですが、案の定長くなりそうです。ここまでにおいて、まだアルバムの片面のみですので、続きはまた次回にて。

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