#98 A New Flame

音楽に限らず、傑作が誕生する時というものは、それが生み出される環境が整ったから傑作が
生まれるのか、傑作を生み出そうとする力がそれに必要な環境を呼び寄せてしまうのか、
『鶏が先か卵が先か』という永遠に解決しない問題に迷い込んでしまうのですが、シンプリー・レッドの
3rdアルバム「A New Flame(ニュー・フレイム)」を傑作たらしめたのは、前者に因るものの様でした。

89年3月にリリースされた「ニュー・フレイム」。上の「It’s Only Love」から始まる本作は、
全曲素晴らしいクオリティーを誇りながら、アルバム全体に漂うカラーがしっかりとした統一感を持つ、
ポップミュージック史に残る名盤です。

タイトル曲の「A New Flame」。ミック作の本曲は、彼独自のソングライティングセンスが伺えます。

前作に引き続き、ラモント・ドジャーが共作者としてクレジットされています。上はその中の一曲
「You’ve Got It」。ミックのメロウな歌が素晴らしい。

本作から新しいブラジル人ギタリスト エイトル・ペレイラ(エイトルT.P.)が参加しています。
1stから2ndにて参加していた黒人ギタリスト シルバン・リチャードソンも素晴らしいプレイを
残しましたが、「ニュー・フレイム」ではエイトルが全編に渡り、その見事なギタープレイにて
本作の楽曲群をより印象的なものへと昇華せしめています。

私が本作のベストトラックと思うのが上の「Turn It Up」。ミックと(多分)キーボードの
フリッツ・マッキンタイヤーによる歌、鉄壁のホーンセクション、そしてエイトルのプレイがあまりにも
見事です。私が今までに聴いた、ギターにおける16ビートカッティングの中でも一二を争う名演です。

本作からもNo.1ヒットが生まれました。上の「If You Don’t Know Me by Now(二人の絆)」です。
ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツによる72年の大ヒット。フィラデルフィアソウルの
立役者であるソングライターチーム ケニー・ギャンブル&レオン・ハフ(ギャンブル&ハフ)による
この名曲を取り上げ、見事全米1位を記録します。毎度の如く売れ線狙いなどという批判はあった様ですが、
言いたい輩には言わせとけば良いのです。殆どのリスナーはそんな事はお構いなしにこの曲を支持したから
こその大ヒットなのですから。勿論オリジナルも素晴らしいですので、ユーチューブで聴いてみてください。
リードヴォーカル テディ・ペンダーグラスの名唱が堪能できます。全くの余談ですが、ペンダーグラスと
言えば、我々オッサン世代なら間違いなく知っているドリフターズ『ヒゲダンス』の原曲が、79年のソロ作
「Do Me」と知ったのはだいぶ後になってからの事でした。

本作のエンディングを飾る「Enough」。クルセイダーズのジョー・サンプルとミックの共作である本曲は、
当時で言う所のコンテンポラリージャズ的な楽曲。上は92年のモントルー・ジャズ・フェスティバルに
おける演奏。本作では殆どリズムギターに徹していたエイトルによる、素晴らしいソロプレイを後半にて
聴くことが出来ます。

本作を端的に評するならば、1st・2ndのイイとこ取りをし(1stは地味・暗めではあるが内容が非常に
質実剛健とでも呼ぶべき充実したもの。2ndはコマーシャルにはなったもののやや1stより軽くなった。
それでも当時の他の音楽よりはだいぶ硬派であったが…)、より洗練され、ミックの歌が最もノッていた
時期に録音された、全てが好循環で回っていた時に生まれた作品。2ndの時ほど準備期間のタイトさはなく、
発表まで丁度良い期間であったのかと思われます。勿論短すぎてもダメですが、やたら長い時間をかければ
良い音楽が生まれるかというと、そういうものでもないでしょう。プロデュースは1stと同じく再び
スチュワート・レヴィンを起用、先述の通りラモント・ドジャーやジョー・サンプルといった大物陣が
参加し、そしてエイトルの加入といった人的な巡り合わせの良さもありました。
「ニュー・フレイム」は質の高さとエンターテインメント性が高い次元で両立しているという、ポップ
ミュージックにおいて理想的な作品となっているのです。

本作はイギリスで ”7 プラチナ” (英でのプラチナディスクは30万枚なので210万枚以上)を
記録し、他の欧州諸国やカナダでも軒並みプラチナ・ゴールドを獲得しました。米でも1stの様に
ミリオンセラーにこそ至らなかったものの、ゴールドディスク(50万枚)に認定されました。
私個人的には、80年代における名盤ベスト3の内の一つだと思っています。
セールス的にはやや伸び悩んだ2ndの分を取り返したかの様に、本作の大ヒットによって、シンプリー・
レッドの人気は揺るぎないものとなり、その実力も評論家筋がイヤでも認める事となりました。
まさに、名実ともにトップバンドの仲間入りを果たしたのです。

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