音楽性と商業性、商業性はエンターテインメント性と言い替えても良いですが、
この二つが両立し辛いというのは今までにも何度か書いてきました。
音楽性を重視すればわかりづらい、独りよがりの音楽だなどと言われ、コマーシャルな
方向に走ればやれ売れ線だ、金に目がくらんだ、などと好き勝手な批判をされます。
ピーター・ガブリエルが86年5月に発表したアルバム「So」は質の高さとエンターテインメント性が
両立している、ポップミュージック界において数少ない作品の一つです。
それまでジェネシスの元ヴォーカリスト、そしてイギリス本国 ” では ” 玄人受けしているミュージシャンと
いった程度の認知度でしかなかったピーターを一躍スターダムへと伸し上げた大ヒット作です。
上はオープニングナンバーである「Red Rain」。先ほどエンターテインメント性と言いましたが、
本ナンバーにおいてはその曲調及び歌詞は決して明るくありません。「Red Rain」とは血を意味しており、
アフリカで繰り返される争いの事などを歌っている様です。ピーター曰く ” 情念的なバラード ” であり、
確かに胸が切なくなるような歌唱です。
スチュワート・コープランド特集にて(#95)、本曲のハイハットプレイがコープランド、
生ドラムがマヌ・カチェ、その他に打ち込みのドラムと書きましたが、よく調べたら生ドラムは
1stから参加しているジェリー・マロッタでした。ここにお詫びして訂正させて頂きます・・・・・
誰も見てねえから大丈夫だ (´∀` ) ……………………… ・゚・。・゚・。・゚・・゚・。・(ノД`)・゚・。・゚・。・゚・。・゚・。・゚・。
そのハイハットやリンドラムは振りしきる雨を表現したものです。三種のドラムの連なり合いも素晴らしいのは言わずもがなですが他のパートも見事過ぎ。ベース トニー・レヴィン、ギター デヴィッド・ローズと
いったリズム隊はお馴染みの面子でありケチの付け様がないプレイ。キーボードはピーターによるもので、
フェアライトCMIやプロフェット5といった80年前頃に発売されたデジタルシンセの黎明期における名器。
ピーターはこれらの楽器にかなりインスパイアされたそうです。自伝にもCMIを弾いているスナップが
掲載されています。リズムトラックだけ取れば快活でさえあるのに、曲調及びピーターの歌は厳粛さを
備えています。前作を踏襲しながら見事にポップミュージックせしめた楽曲であり、ともすれば本作の
ベストトラックではないかと個人的には思っています。
以前から折に触れ書いてきましたが、イギリス人のブラックミュージック好きはヘタすりゃ本国を
上回るかも?といった程です。ピーターもご多分に漏れず、アカデミックなクラシックの教育には
興味を示せず、10代の頃にはオーティス・レディング(#141~144ご参照)などの
ソウルミュージックへと傾倒します。
「Sledgehammer」はピーターなりのソウルミュージックと言えるでしょう。ファンキーな
ホーンセクションが印象的ですが、その中にはスタックスレーベルのメンフィスホーンズに
在籍していたプレイヤーもいます。つまりオーティスのサウンドを担っていたミュージシャンが
20年近くを経て、それを聴きまくり憧れていたピーターのソウルサウンドにまた色どりを添えたのです。
本曲について語られる時、必ずその独特なプロモーションビデオが話題に上がります。80年代から
MTVの普及により、ミュージシャンにとってPVは欠かせないものとなりました。
私は映像表現というものにあまり詳しくなく、あくまで主体は音楽であると思っているので、
時に音楽そっちのけでPVばかりについて語られる事に違和感を抱き続けていました。
しかしそんな私でも本曲のPVは秀逸であると認めざるを得ないのでそれについて書きます。
本PVにおける一番の特徴はコマ撮りというもの。アニメーションの様に一コマずつ撮影したものを
連続再生し映像とするのですが、アニメは出来るだけ細かくコマを撮って滑らかな動きを
追求するのに対して、あえて粗く撮りカクカクした動きにしています。
それでも実際の人間でそれを撮るのは大変だったらしく、かなりの時間が撮影に費やされたとの事。
機関車のシーンはたった十秒間なのに、機関車とそれから発せられる煙の動きを合わせる為に
ピーターは六時間じっとしていなければならなかったそうです。そして生魚も出てきますが、
これもそのままにしておかなければならず、スタジオの照明に当てられ酷い悪臭を放ったとの事。
もう一つの特徴は粘土細工をコマ撮りにしたクレイアニメというもの。70年代からこの手法は
あったらしいのですが、一般にこれを知らしめたのは本PVによってではないかと思われます。
これ以降テレビコマーシャルなどでもこの手法を用いたものを見るようになったと記憶しています。
スレッジハンマーとは大槌の意ですが、PVでもかなり露骨な描写があるのでお分かりかと
思いますが男性のチ ………… 男性の生殖器のメタファー(隠喩)となっています。
ピーターは本曲における歌詞の源流はブルースにあると述べています。ブルースなどは
労働の苦しみ、つまり ” やってらんねえぜ!こんな生活! ” みたいなものか、あとはセックスに
関するものが殆どです。勿論ロックもその流れを継いでいるのは言わずもがなです。
本PVの監督はスティーブン・ジョンソンという人物。まだ駆け出しのビデオ監督だったのですが、
ヴァージンレコードのスタッフからこの監督を紹介されます。ちなみにカリスマレーベルは
この時点でヴァージンレコードの傘下に入っていたので、本作のイギリス本国における発売元は
カリスマ/ヴァージンとなっています。
余談ですがジョンソン監督をミュージックビデオにおいて初めて起用したのはトーキング・ヘッズです。
85年の「Road to Nowhere」のPVにてその独特な映像が発揮されています。
「スレッジハンマー」は瞬く間にチャートを駆け上がり、英にて最高位4位を記録し、そして米においては
No.1を獲得します。ちなみにその前週までの米No.1はジェネシスの「インヴィジブル・タッチ」。
つまりジェネシスツリーがこの時期において世界のミュージックシーンを席巻したのです。
70年代におけるピーター在籍時にはその特異な音楽性やステージング(専らピーターによる)から
キワモノ的扱いをされてきた彼らがついに時代の頂点を極めたのです。嘘か誠か知りませんが、
往年のジェネシスファンは涙を流し、赤飯を炊いて祝ったとか祝わなかったとか・・・・・
本曲のPVについては流石にマイケル・ジャクソンほどではなかったにせよ、かなりの予算が
費やされたそうです。その額は12万ポンド。80年代半ばのポンド円レートが250円位だったので
日本円にしてざっと三千万円。3rdアルバムこそ本国を含む欧州でヒットしたとは言え、北米つまり
世界的にはヒットの無かったピーターにとっては破格の経費でした。しかし結果的にはこれが功を奏します。
87年のMTVアワードを受賞し、楽曲・PV共に世界中で聴かない・観ない日は無いのではないかと
思われる程でした。リアルタイムで経験した私が言うので間違いありません。
冒頭の二曲だけでこれだけのスペースを費やしてしまいました。本作については複数回に分けます。